小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 夜の戦士【忍び①:武田信玄編】(1963)

【あらすじ】

 捨子だった丸子笹之助は孫兵衛という甲賀の忍びに鍛えられて成長した。体格も恵まれ忍びの素質を認められた笹之助だが、女にうつつを抜かして2度も役目を失敗し、そのため頭領の山中俊房に叱責され、3度目の失敗は死を意味した。その孫兵衛と笹之助に指令が下る。駿河今川義元から甲斐の武田信玄の暗殺依頼を受けたのだ。

 

 笹之助は孫兵衛と別に甲斐に入ることになり、笹之助は塚原卜伝の弟子となって、卜伝の推挙を受けて武田信玄の部下になる企みであった。何とか卜伝の門人となった笹之助は、毎日飽かさず川の流れをみることで剣の奥義を修得し、塚原卜伝からの推挙で武田信玄の家来になることに成功した。まずは長男・武田義信の配下となると、既に武田の家臣となっている孫兵衛と出会う。

 

 信玄の周囲に置かれた忍びの守りが厳重で、2人とも近寄ることもできない。そこで笹之助は、信玄の近くにいる久仁という女性に近づく。だが笹之助は久仁に溺れてしまい、そのことが孫兵衛に露見して襲われる笹之助だが、久仁と別れられない笹之助は、師匠の孫兵衛に反撃してしまう。

 

 甲賀を裏切った笹之助は、信玄の魅力にも引き寄せられて信玄の配下になった。信玄から久仁との結婚を認められ、信玄配下の伊那谷の忍びを束ねる頭となる。信玄の謦咳に接するたびに、乱世を統一する人間は、戦に強く、人望に熱く、外交にも優れ、領地経営にも秀でている信玄以外にはいないと確信する。

 

   武田信玄ウィキペディアより)

 

 織田信長桶狭間の戦い今川義元を破ってから、今川家は衰退の一途になる。甲相駿三国同盟によって北条・今川と連携し、今川義元の娘を妻にしていた武田義信は、織田信長と誼を通じて今川家の駿河に侵攻の機をうかがう父信玄に不信感を覚える。義信の家臣だった笹之助は心を痛めるが、信玄の気持ちを理解できない義信を救うことはできない。親子は歩み寄ることができないまま、義信は死に至る。

 

 信玄は上洛を決意して三方ヶ原の戦い徳川家康を完膚なきまでに叩きのめす。だがそこで皮肉にも信玄の命は尽きようとしていた。甲府に戻る武田軍。信玄は死に勝頼が後継となる。そこで信玄の寵愛を受けた老臣と共に、笹之助も勝頼に遠ざけられて、命を狙われる立場になる。命からがら逃げ延びた先には、妻の久仁と信玄が名付け親となった長男和一郎が待っていた。

 

 

【感想】

 池波正太郎の「忍び」シリーズ。大々的なシリーズ名を冠しているわけではなく、発行年も順番ではない。戦国時代を舞台とした作品で、池波正太郎は「ビッグネーム」を主人公としていないが、忍びの目から見た「ビッグネーム」の武将たちを、戦国の爛熟期から終焉まで連作で描いている。そして時系列で見る第一作は武田信玄の配下の忍びを描いている。

 主人公の笹之助だが、忍者の才能に恵まれているが、なぜか女に失敗するキャラに設定している。人間の能力を超えた行動を見せる忍びだが、こんな所に人間臭さを見せて、神秘的とも思える忍者者とは一線を画す人物設定にしている。

 池波正太郎の作品では印象的に「五感」を表現しているが、本作品では特に「嗅覚」を見事に描いている。信玄の「脂濃いが、香油と混じり合う匂い」。実母は記憶が無い頃に失って、育ててくれた義母の温い匂い。対して初めての女で、謙信の忍びだった女の「生臭い臭い」。そして「母と同じような、森林に咲く名も知れぬ花の匂い」を持つ久仁。これによって「女に弱い」笹之助の心が寄せられる様子を表現するとともに、嗅覚にも秀でた忍者の物語に趣向を添えているようにも見える。

 

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*「天才」塚原卜伝を描く手法は、こちらの作品もまた特徴がありました。

 

 そんな人間らしい感情をもつ忍びの笹之助だが、もう1つ特徴を加えている。武田信玄の家中に忍び込むために、塚原卜伝の門人という肩書きを得るために、剣の極意を授かることになる。視覚を研ぎ澄ませ、感覚を鋭敏にすることで剣を打ち込む修業を受ける。千葉周作の挿話にもあるような剣の「極意」だが、これによって甲賀で失敗を繰り返してきた忍びから、一段と高みの境地に至る。後に甲賀に追われる時に、頭領の山中俊房、そして孫兵衛と敵として邂逅するが、2人とも手を出せない存在となる。

 上洛を決意してから信玄が没するまでは、歴史的事実をなぞる記述になる。その中で武田家と徳川家の比較が面白い。1人の優れた頭脳で計画を立案して命令を下す信玄に率いられて結束を保つ武田家と、周囲にいろいろと知恵を借りて決断をするが、家臣団はまるで血族のような結束を持つ徳川家。両家のその後を暗示する分析を見せている。

 信玄が没することで、信玄の魅力に囚われて寵愛を受けた笹之助は、次代の勝頼からは嫉妬とも思える反感を持ち、ついに命が狙われる。信玄と笹之助の意見が一致した「上杉同盟」は(この時点では)排除されてしまう。

 そして笹之助は改めて「親子」の関係を思い、地位も名誉も捨てて家族の元に帰る。忍びとして始まった人生において、女性に溺れる性格は捨てきれなかった。その反面、女性から愛される「目」を持って、そして塚原卜伝の「活人剣」によって人間として成長して、「人間の里」に帰っていった。

 

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*信玄から恩義を受けた主人公が勝頼から遠ざけられる様子は、こちらの作品と同じ軌跡を描きます。