37 塚本 青史 古代中国を築く20選
武則天から始まる王宮の混乱を、玄宗皇帝は慎重に果断に解決して王家に権力を取り戻し、唐を興隆に導く。しかし次第に政治に飽き、息子の妃だった楊貴妃の虜になる。
武照(則天武后)は美貌で明晰なことから李世民の後宮に入る。そこで次期皇帝の高宗を籠絡するとその後は残酷な手段で邪魔者を次々と排除し、女帝へと登り詰める。
隋の煬帝を従兄に持つ李淵の次男の李世民は、父が建国した唐の二代目皇帝に即位する。版図を広げるだけでなく治世にも優れて、中国史上有数の名君と称えられた。
南北朝時代の北周の武将だった楊堅は、宣帝の狼藉に耐えかねて隋を建国する。その子の煬帝は中国統一に尽力するも次第に本性を現わし、皇帝に座を狙っていく。
漢王朝の名門出身の司馬仲達は曹操に求められて魏の文官して支えた。しかし将軍に抜擢されて蜀の諸葛亮と対峙、その目論みを防ぐ。その実力は曹家を凌ぐこといなる。
体躯に恵まれた趙雲は公孫瓚の配下で活躍していた。公孫瓚の知り合いの劉備と出会うと、その人物に惚れ込み、やがては家臣に加わると、蜀の建国まで尽力を続けた。
勇往な呂布は義理の父の丁原を殺害して董卓に尽くす。しかし董卓も暴虐のため殺害、2人の義父を殺害したため呂布は悪評が流布し、放浪する立場に追い込まれる。
蔡倫は宦官として宮廷に仕えるが、そこで保存に優れた「紙」の開発に没頭する。「漢書」を編纂する班固とその妹の曹大家との交流から、理想の紙を完成させる。
漢の景帝の流れを汲むも貧乏で純朴な劉秀は、帝都長安への遊学で、王莽による世が混乱する姿を見る。やがて反乱が各地で勃発し、劉秀もその争乱に巻き込まれる。
伯母を皇后に持つ王莽は、勉学好きで孝行にも篤く、次第に周囲から認められていく。幼帝が続く中王莽に頼る場面が多くなり、遂には「皇位簒奪」を目論む。
軍神、崔去病は24歳で夭折したが、異母弟の崔光は武勇ではなく実務で武帝の後半期を支える。酷使と呼ばれる官僚の跋扈や有力者の対立、後継争いなど裁いていく。
武帝は匈奴を倒して漢帝国の強大化を目論む。愛妾の衛子夫の甥にあたる霍去病は10代から武の才能で周囲を瞠目させ、匈奴との戦いで活躍し、軍神として崇められる。
呂后は捕虜にされるも劉邦が必死に逃げ、親愛が薄れたとの話もある。但し劉邦は呂后の生んだ子が自分の子ではないと疑っていた。そして劉邦が亡くなると「化ける」。
垓下(がいか)の戦いによって項羽を滅ぼして凱歌を上げた劉邦は、その後疑心暗鬼に囚われて配下を粛清する。劉邦亡き後は呂雉が権勢を握り恐怖政治を敷いていく。
呂不韋の策略により秦の公子の異人を時期太子の座につけ、自分の妾をあてがった。そこから生れた政は、国王が立て続けに薨去したために、若くして秦の国王となる。
楚の春申君は若い頃から国を背負う逸材だった。教えを受けた屈原が自死すると、春申君は楚だけでなく平原君、信陵君と組んで秦に対抗する。しかし凋落も早かった。
秦国の貧しい家に生れた白起は、将軍となると、周辺国の魏、楚、韓、趙を次々と打ち破り諸国を再起不能の状態に陥れる。しかしその強さに宰相の范雎は恐れを抱く。
趙母卹は身分の低い母に産まれた弟だが、才智を見せて嫡子となった。晋国は当時六卿と呼ばれる一族が国を支配し、謀略で王を追い落とすと、勢力争いが始まった。
陳の国の公子から斉に流れた田氏は斗宿星(北斗七星)を守護星とする。田乞は2つの斗を使って領民の心を掴んでいたが、その心中は国を乗っ取る野望を宿していた。
斉の商家に生れた孫武は、頭脳明晰だが身分に恵まれず、過去の戦争を研究したながら独自の塾を開いた。その才能に気づいた呉の季札は、孫武を招き呉を強国に育てる。
今回からは始皇帝から20世紀まで続く小説40選を取り上げます。前半は古代中国に精通した塚本靑史作品。後半は各王朝の変遷をテーマにした作品に繋げていきます。