小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

11 チョコレートコスモス(2006)

【あらすじ】

 東響子は芸能一家に生まれ、子供の時から数々のドラマや演劇に出演しては周囲からの賞賛を浴び、20歳そこそこで天才の名をほしいままにしていた。しかし響子には「芝居の本当の面白さを知らない」という悩みがあった。足を踏み入れたら後戻りはできないと思い、もう一歩踏み込むことは躊躇していた。

 

 佐々木飛鳥は華著で地味な少女。もともとは空手で鍛えていたが、壁にぶち当たったところで俳優の世界を知る。大学で素人の演劇サークルに加入すると、その独自の感性と表現力によって周囲を圧倒し、時には演目の空気を壊すほどの存在感を見せた。

 

 飛鳥の圧倒的な演技は演劇関係者の目にも止まり、伝説の映画プロデューサー、芹津が開く異色のオーディションに招待された。その舞台に上がることを響子は熱望したが、遂に招かれなかった。それでも響子はあきらめきれずオーディション会場に姿を現し、2人の女優はついに邂逅する。舞台の暗がりの向こうに何があるのかを知るために、少女たちの才能が、熱となってぶつかりあう。

 

 

【感想】

 天才を描くことは難しい。秀才ならば読者が想像できる延長線上で表現できるが、天才だと、読者と共通の基盤から離れた「斜め上」から描き、かつその表現が読者の共感を得るものでなくてはならない。そんな中で私が見事に「天才」を描いたと感心したのは、以下の3つ。

① 「すべてがFになる」で初登場した、天才数学者の真賀田四季

② 「剣豪将軍義輝」で主人公と対決した、剣の天才・塚原ト伝

③ 「ガラスの仮面」において、「2人の王女」のオーディションを演じた北島マヤ

 

*私のブログて取り上げた、「天才」を見事に描いた2つの作品です。

 

 その1 つ、「ガラスの仮面」へのオマージュとして描かれた本作品(後に恩田作品で、もう1 人天才が登場します)。「本歌」と同じ演劇を題材として、佐々木飛鳥という天才を描くことに挑戦したが、作者自身もかなり苦労したと語っている。それでも恩田陸は、天才が瞬化するまでを描くことに成功した。空手で鍛えたことによって可能となる、演技の基本となる身体能力。初めて会う人物を観察し、そっくりそのまま模写する能力。独自の感性に基づいての演技。これらを組み立てて、天才の「骨格と肉付け」を見事に構成した。

 対立軸として登場するのが、芸能一家に生まれて、幼少のころから才能を発揮する東龍子。「ガラスの仮面」に登場する姫川亜弓そのものだが、本作品ではその内面を詳細に描いているのが興味深い。俳優に対して、演技に対して、そして役作りに対して。ガラスケースに入った金の林檎を奪う設定のエチュードでは、皆が難問に苦しむ中、ライバルの演技に対して割って入って見事に奪い取る演技を、その内面の微妙な心境の変化と合わせて、見事に表現した。また芹津が企画する舞台のオーディションに、呼ばれていないのに意欲を示す心理は、俳優としてのプライドのなせる業。

 しかし響子は、芝居の本当の面白さを知ったら、そこから戻ることはできないと感じて、心にブレーキをかけている。それは「天才」佐々木飛鳥も同じだが、飛鳥の内面は表現していない。代わりに、実力差があり負けるわけがない空手の試合で、大けがを受けて敗北を喫したり、突然招かれたオーディションで、このまま予期せぬ方向に進んでいく不安を感じて、途中で辞退しようとする胸の内を描いた。それでも飛鳥の内面は響子ほど描かれておらず物足りない感もあるが、天才を表現するには「余白」が必要なのだろう。

 

*「完結しない大河マンガ」ガラスの仮面。マヤと亜弓を想像すると、私はこちらのシーンを真っ先に思い浮かべます(白泉社)。

 

 本来ならば「紫のバラの人」速水真澄役も登場してしかるべきだが、主人公を女性と言うよりは中性的な描写に止めたせいか、登場は控えられたか(触れたら、大河小説になってしまう💦)。代わりに飛鳥が入団した劇団で、脚本家志望ながら人手不足で俳優の鍛錬をする設定の巽は、桜小路優をちょっと匂わせている。

 

10 夜のピクニック(2004)

【あらすじ】

 北高では朝8時から翌朝8時までの24 時間で80 キ口を歩き通す「鍛錬歩行祭」というイベントが毎年開催されていた。最初はクラスごとに列を作って歩く団体歩行を行い、その後は友達と一緒に自由に歩く自由歩行へと移る。

 

 甲田貴子はこの歩行祭で、今年から同じクラスになった西脇融(とおる)に話しかけようと決意していた。貴子の母と融の父との不倫関係の末に生まれた二人は異母兄妹にあたるが、関係をはばかって意識的に避けていた。そのことは教師も生徒たちも誰も知らない。

 

 歩行祭に膝の怪我を抱えていた西脇融も、甲田貴子の存在について複雑な思いを抱えていた。貴子は何も悪くない。だが父の葬式の時に、堂々とした態度で参列した貴子とその母を見て、なぜか委縮してしまった。

 

 歩行祭が進み夜中の12 時を過ぎることで、融は18歳の誕生日を迎えた。自動販売機で買った缶コーヒーを使って誕生日を祝ってもらう融。その中に貴子も混じり、思わず「誕生日おめでとう」と言葉を口に出した。融は驚きながらも「ありがとう」と応える。

 

 自由歩行で融は親友の戸田忍と歩き始めが、膝の怪我を庇っていたために、足首を捻って動けなくなってしまう。そこに貴子と親友の遊佐美和子が通りかかる。彼の荷物を分担してー緒に歩くことで、2人の距離が縮まっていく。すると貴子は、思い切って融にあるお願いをする気持ちを固めた。

 

 

【感想】

 高校生の「夜通し歩行」行事は、恩田陸が通った水戸第一高校だけでなく、各所に存在する。そんな行事がなくても、文化祭の前夜祭など、日常と乖離した「ワクワク感」は、多くの読者も共有できるはず。

 本作品はそんな行事を背景に、等身大の高校生を登場人物として、男女のよくある日常の会話を切り取った。但しそこは恩田陸。いつもはグループに異才を持つ人物や死者などを潜り込ませるが、今回は西脇と、融の父の不倫で生まれた甲田貴子が異母兄弟という設定を水面下においた。そんな静かで緊張感のある関係は、まるで池の波紋が障害物によって「ズレ」が生じていくかのよう。

 

 高校3年生の男同士、女同士の会話は、どこでも同じもの。誰が好きで、誰が付き合っているか。日常ではあからさまに口に出せないことも、非日常の夜になるとブレーキが緩むもの。周囲からはなぜか貴子と融が付き合っていると見られていて、その真偽を確かめようとする。2人は言葉を交わすことに理由があるが、お互いに意識していることを、周囲は別の意味にとらえて感じているようす。

 融は周囲の女の子から告白を受けるほどの容姿を持つが、両親の関係が影を落とすのか「異性交遊」にはちょっと腰を引けているようす。対して貴子はというと、男性陣から話題に上がるほどの容姿に恵まれているが、こちらは融に対しての意識からか、特定の人にお付き合いすることもない。

 貴子は歩行祭の前にアメリ力に旅立った杏奈から、「おまじないをかけておいた」と記した手紙を受け取っていた。そして歩行祭には、飛び入りで杏奈の弟の順弥と出会う。そのことから、融と貴子が異母兄弟であることを、杏奈は自由行動でコンビを組んだ親友の美和子と一緒に貴子の母から知らされていたこと、そして杏奈は、融について想いを寄せていたことも知る。

 

*映画化にもなり主演は多部未華子が演じました。大人と子供の間の微妙な心理を、まさに「瑞々しい」存在感で表現したと思います。

 

 等身大の同級生たちとの会話が歩行祭を舞台として交され、貴子は一歩前に進むことができた。歩行祭で起きた日常の延長線上の出来事は、「祭」ではなく「ピクニック」と呼ぶに相応しい。そんな等身大の人物たちが紡ぐ物語が多くの読者から共感を呼び、恩田陸にとって「1回目の」本屋大賞を受賞した。

 

 貴子の親友の「みわりん」こと遊佐美和子。文武に秀でるだけでなく、男子生徒から声を掛けられると手を振って応える闊達な性格は、男女から人気だろうな。

 会ってみたい、と素直に思いました。

 

 

9 【理瀬 ②】黄昏の百合の骨(2004)

【あらすじ】

 イギリスに留学していた高校生の水野理瀬は、祖母が階段で足を滑らせて転落死したことをきっかけに帰国して、祖母が住んでいた長崎の白百合荘で暮らすことになる。白百合荘は百合の花が飾られて濃厚な香りが常に漂う屋敷。軍の関係施設と言われ、周辺で小動物の不審な死が続いている噂が絶えない家で、別名「魔女の家」と呼ばれている。祖母の遺言には、白百合荘を取り壊して処分する場合は、その前に理瀬が半年以上居住することという、奇妙な条件が書かれていた。

 

 遺言に従い、理瀬は祖母と一緒に暮らしていた2人の娘で、理瀬の2人の叔母にあたる、梨耶子梨南子と白百合荘で暮らすことになった。攻撃的で遠慮のない、夫と別居中の姉・梨耶子。家庭的で奥ゆかしい、夫は病死で先立たれた妹・梨南子。2人は好対照であるものの、共に底知れない不気味さを醸し出していた。

 

 高校での理瀬の同級生で隣家に住む脇坂朋子は、男子高校生の田丸賢一にー方的に想いを寄せられていた。田丸の同級生で朋子と幼馴染の勝村雅雪は、田丸に朋子との間を取り持つように頼まれる。朋子の弟の慎二は自宅療養する中で、梨南子が小動物に毒を与えている様子を見かける。

 

 そこに祖母の法事で、白百合荘で育った従兄2人、起業家として成功したと、医師になったが滞在することで、関係者が集まってくる。そこに、梨耶子が強風で吹き飛ばされたトタン板が刺さって死亡する事件が発生した。

 

 

【感想】

 「理瀬シリーズ」の実質的な2作目。前奏曲と言える『三月は深き紅の淵を』を経て、『麦の海に沈む果実』から続く物語。作者の恩田陸はインタビューで『麦の海に沈む果実』を萩尾望都の「トーマの心臓」をイメージしたと答えている。本作品は、ゴシック・ロマンとして一番影響を受けたと語る、ポーの「アッシャー家の崩壊」が、本作品は透けて見える。

 不吉を予感させる屋敷に住む、不気味な親族たち。そのー族に「理瀬」シリーズの主人公となる水野理瀬が存在する。理瀬は『麦の海に沈む果実』で北海道にある高校の寄宿舎生活を送ったあとイギリスに留学するが、今回帰国して長崎に住む設定となっている。前作では受身的な要素が多かったが、今回は完全に主人公の役割を演じている。運命に巻き込まれる中で自ら考えて行動し、謎を解明する。時にタバコを吸い大人への通過儀式を経験して成長を重ね、高校卒業後の新たな展開も感じさせる。

 それは理瀬の一族に内包する宿命か。「善など悪の上澄みのひとすくい」と考える、悪を肯定するともとれる思考。そして理瀬を始め一族が育った白百合荘は、過去から多くの死を内包してきた「魔女の家」。強烈な百合の香りも、そんな不吉な物体を覆い隠すための道具に過ぎない。

  「上品と下品」な叔母二人、いとこ、隣人、そしてその友人や知人たち。恩田作品としては分かり易い登場人物が並んでいる。ストー力―とも思える行動をとっていた田丸賢一は途中行方不明になり、ー方的な片思いを受けていた脇坂朋子は正気を失ってしまう。梨南子や従兄の、そして冷静な立場を崩さない勝村雅雪らが白百合荘に導かれ、そこで逃げ場のないような修羅場を経て、まるで化学反応のように、「ジュピター」などさまざまな謎が解き明かされていく。

 しかしなぜ祖母はあのような遺言を、理瀬に残したのか。建物の処分も絡むため、本来ならば2人の娘、そして理瀬の父や従兄たちに託すべきもの。敢えて理由を求めるならば、「女性が主人となるべき屋敷」として存在する白百合荘の始末を行うには、白百合荘に住みその宿痾に毒されている娘の梨耶子と梨南子ではなく、まだその影響を受けていない理瀬が相応しいと考えて、託したのか。

 恩田陸版「アッシャー家の崩壊」。そして理瀬の成長した姿は、舞台を「ゴシック・ミステリー」の本家イギリスに移して、「善薮のなかの蛇」(2021)へと続いていく。