- 価格: 792 円
- 楽天で詳細を見る
【あらすじ】
市川吾郎は、見たもの全てを記憶できる能力を持っていた。そのため学業や仕事では有効だったが、38歳を過ぎた頃から原因不明の激しい頭痛に悩まされていた。遠縁に記憶力の優れた女性がいると聞き、自己のルーツと頭痛の原因を探るため、M町を訪ねた。そこは丘に立つ3本の鉄塔が印象的な、静かでどこか不思議な雰囲気を持つ場所だった。志津という遠縁の女性を訪ねると、記憶力の優れた女性は志津の姉とわかり、晩年はひどい頭痛に苦しんだらしい。
市川は上司の送別会をきっかけに、無断欠勤したまま会社を離れた。M町に移り町の秘密を調べていくと、散歩の途中に割れた一升瓶の破片が腹部に刺さり、ついに力尽きて水無月橋で息絶えてしまった。真相は闇の中で、町では「水無月橋の殺人事件」と報じられた。市川が追っていたM町の秘密、それは町の人だれもがいわれを知らない、3本の塔を建てた目的。その秘密を志津は知っていた。
【感想】
まるで村上春樹作品「アフターダーク」のような視点と文体で進む作品。視点の「わたし」は中盤以降に判明していくが、それと共に市川吾郎の兄弟、フリーライター、そして同僚の姉などが、主人公に吸い寄せられるようにM町に集まり、主人公の「痕跡」を探し集めていく。
山間部の小さな町に住む人々は、みな静かで一歩引いている。対してM町にやって来て秘密を探ろうとする「よそ者」たちは、やや押し気味に会話を進めるために、町の人との「微妙な」違いが浮き彫りにされていく。市川吾郎の遠縁の志津と孫娘の和音は、M町を象徴する人物に映る。
主人公の市川吾郎は、表情は特に目立った特徴がなく、若者でもなく中年でもない、すれ違っても印象に残らない存在。もともとの性格付けもあり、際立った能力を持ちながら「普通に」生きてきた主人公は、M町の静かな町に自然と溶け合っている。
市川吾郎は、見たものを完全に記憶する能力を持つ。しかし本作品では、キャパを超える記憶の保存は頭痛の原因になるとして、能力を公言せずに、記憶の削除など折り合いをつけながら生きていく。特殊能力を誇ることをしないのは、まるで「常野物語」の登場人物のよう生き方を選んでいる。
- 価格: 495 円
- 楽天で詳細を見る
*「静かな」超能力者たちを描いたシリーズ物。取り上げようとしましたが、ここでは断念しました。
M町の象徴とも言える3つの塔は、「おばけ煙突」の伝承を重ねながら、物語全体に不気味な存在感を覆っている。あれだけ目立つ構造物なのに、町おこしに利用せず、地図には掲載されない「謎」を提示した。その秘密は、市川の調査が進むにつれて、徐々に解明されていく。
本作品は恩田作品としては珍しく(?)、広げた大風呂敷を終盤できれいに畳んだ印象を受ける。3つの塔の謎と「水無月橋殺人事件」については、主人公がM町に住んでいた軌跡を追いながら、丁重に「事実」を記述した上で、その謎を解明した。
そのためネタばれを恐れずに言うと、塔の秘密が判明した時、私は東京の地下にある、洪水対策として世界最大級の地下放水路とされる「首都圏外殻放水路」を特集した番組を思い出した。渋谷や杉並の地下に存在する巨大な空間は、巨大な59 本の柱に支えられた「地下神殿」のような雄大な光景。
M町は巨大岩の上に存在し、岩盤に掘られた3つの水抜き穴によって洪水を防ぐ役割を、昔から持つと設定した。現代の巨大都市はコンクリートで覆われているため水の逃げ道がなく、M町と同じ危険を有している。太古から人間を苦しめた「きのうの世界」は、現代も、そして未来も繰り返す。

*首都圏外殻放水路(ウィキペディア)
蛇足。第11章「風が吹くと桶屋が儲かる事件」。久しぶりに目にすることわざ、と思ったが、現代流に言えば「バタフライ・エフェクト」になるのかな?
