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【あらすじ】
東響子は芸能一家に生まれ、子供の時から数々のドラマや演劇に出演しては周囲からの賞賛を浴び、20歳そこそこで天才の名をほしいままにしていた。しかし響子には「芝居の本当の面白さを知らない」という悩みがあった。足を踏み入れたら後戻りはできないと思い、もう一歩踏み込むことは躊躇していた。
佐々木飛鳥は華著で地味な少女。もともとは空手で鍛えていたが、壁にぶち当たったところで俳優の世界を知る。大学で素人の演劇サークルに加入すると、その独自の感性と表現力によって周囲を圧倒し、時には演目の空気を壊すほどの存在感を見せた。
飛鳥の圧倒的な演技は演劇関係者の目にも止まり、伝説の映画プロデューサー、芹津が開く異色のオーディションに招待された。その舞台に上がることを響子は熱望したが、遂に招かれなかった。それでも響子はあきらめきれずオーディション会場に姿を現し、2人の女優はついに邂逅する。舞台の暗がりの向こうに何があるのかを知るために、少女たちの才能が、熱となってぶつかりあう。
【感想】
天才を描くことは難しい。秀才ならば読者が想像できる延長線上で表現できるが、天才だと、読者と共通の基盤から離れた「斜め上」から描き、かつその表現が読者の共感を得るものでなくてはならない。そんな中で私が見事に「天才」を描いたと感心したのは、以下の3つ。
① 「すべてがFになる」で初登場した、天才数学者の真賀田四季。
② 「剣豪将軍義輝」で主人公と対決した、剣の天才・塚原ト伝。
③ 「ガラスの仮面」において、「2人の王女」のオーディションを演じた北島マヤ。
*私のブログて取り上げた、「天才」を見事に描いた2つの作品です。
その1 つ、「ガラスの仮面」へのオマージュとして描かれた本作品(後に恩田作品で、もう1 人天才が登場します)。「本歌」と同じ演劇を題材として、佐々木飛鳥という天才を描くことに挑戦したが、作者自身もかなり苦労したと語っている。それでも恩田陸は、天才が瞬化するまでを描くことに成功した。空手で鍛えたことによって可能となる、演技の基本となる身体能力。初めて会う人物を観察し、そっくりそのまま模写する能力。独自の感性に基づいての演技。これらを組み立てて、天才の「骨格と肉付け」を見事に構成した。
対立軸として登場するのが、芸能一家に生まれて、幼少のころから才能を発揮する東龍子。「ガラスの仮面」に登場する姫川亜弓そのものだが、本作品ではその内面を詳細に描いているのが興味深い。俳優に対して、演技に対して、そして役作りに対して。ガラスケースに入った金の林檎を奪う設定のエチュードでは、皆が難問に苦しむ中、ライバルの演技に対して割って入って見事に奪い取る演技を、その内面の微妙な心境の変化と合わせて、見事に表現した。また芹津が企画する舞台のオーディションに、呼ばれていないのに意欲を示す心理は、俳優としてのプライドのなせる業。
しかし響子は、芝居の本当の面白さを知ったら、そこから戻ることはできないと感じて、心にブレーキをかけている。それは「天才」佐々木飛鳥も同じだが、飛鳥の内面は表現していない。代わりに、実力差があり負けるわけがない空手の試合で、大けがを受けて敗北を喫したり、突然招かれたオーディションで、このまま予期せぬ方向に進んでいく不安を感じて、途中で辞退しようとする胸の内を描いた。それでも飛鳥の内面は響子ほど描かれておらず物足りない感もあるが、天才を表現するには「余白」が必要なのだろう。

*「完結しない大河マンガ」ガラスの仮面。マヤと亜弓を想像すると、私はこちらのシーンを真っ先に思い浮かべます(白泉社)。
本来ならば「紫のバラの人」速水真澄役も登場してしかるべきだが、主人公を女性と言うよりは中性的な描写に止めたせいか、登場は控えられたか(触れたら、大河小説になってしまう💦)。代わりに飛鳥が入団した劇団で、脚本家志望ながら人手不足で俳優の鍛錬をする設定の巽は、桜小路優をちょっと匂わせている。
