小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 Xの悲劇 (1932)

 中学の入学祝いで買ってもらったホームズ全集を読み終えた後、兄が買って「積んどく」になっていた文庫版「Xの悲劇」をちょっと借用。ホームズ物から比べるとかなり難解そうで、また400ページを超える分量は荷が重いと思ったが、1日50ページを目標に少しずつ読み始めた。そうしたら、またページをめくる手が止まらなくなり・・・

【あらすじ】

 満員の市電の中で、巧妙な殺人が発生する。被害者である株式仲買人のハーリー・ロングストリートは多数の人間から恨まれていた。お手上げとなったサム警視とブルーノ地方検事は、元舞台俳優の名探偵ドルリー・レーンに協力を要請する。

 やがて、ブルーノ地方検事の元に、ロングストリートが殺されたときに同じ市電に乗り合わせていたという者から殺害犯人を教えるという密告状が届く。捜査陣が待ち合わせのフェリー発着場に行くと、そこで誰かがフェリーから海に落ちたと騒ぎが起きる。被害者の顔は潰れて判明できなかったが、死体の特徴から市電の車掌チャールズ・ウッドと判明する。ロングストリートの共同経営者で渡船場に居合わせたジョン・ドウィットが一連の殺人事件の犯人として逮捕され、裁判にかけられる。

 【感想】

 最初の事件は満員の市電の中で起きた、ミステリー史上最も特徴ある凶器が使われた殺人事件。その時私はその凶器の特徴から、「犯人はこの人しかいない」と考え、サム警部を中心とする捜査手法にいら立つ。ミステリーってこんなものか、とその時は思う。

 そんな気持ちは第2の事件で一転する。読者の心の内を読み切った「クイーン先生」から、ミステリーとはそんな簡単なものではないのだよ、と諭されたかの様。その後の捜査で見つけた事実の1つにちょっとした違和感を覚えたが、それが何を意味するのかまで思いが至らず。やむなくそのまま読み進めていく。

 ここで警察が見切り発車的に犯人を逮捕するが、ドルリー・レーンが強烈な反対の論陣をはり、容疑者を見事弁護、無罪を勝ち取る(おいおい、レーンは警察に頼まれて捜査の助言をするのではなかったのか?)。その後の容疑者を囲んだパーティーで、レーンは容疑者に対しダイイング・メッセージの助言を行う(おいおい、そんなメッセージを出す場面を回避してあげなくちゃ!)。そしてレーンの「心配」通りに第3の事件が発生。そこから解決までは一直線だったが、終盤で犯人の名前が告げられてビックリ! まんまと「クイーン先生」の術中に嵌まってしまった。

 そしてあの「舞台裏」での回答編。手が届きそうで決して届かない真相。私がスルーした事実を軸に、数々の手がかりを洗い出し、それを周到に紡ぎ合わせて推理を開陳するドルリー・レーン。その細部まで行き届いた論理の展開は、ショパンの「英雄ポロネーズ」を聴いているかのように、華麗で力強い

 クイーン作品の「最初の一撃」。私にとって思い入れの深い作品であり、「真相に手が届きそうで決して届かない」ミステリーをその後探し続けることになった作品。但しその思いを満たしてくれた作品は余りにも少ない。

 

  f:id:nmukkun:20210505194833j:plain

 10代の頃、よくこんな夢を見た。

 雨の中、バスに乗り込む賑やかな集団。その中心にいるハーリー・ロングストリート。ふとポケットの中に手を入れると指先に痛みを感じ、見るとそこに血が。そして苦悶の表情に変わりその場で倒れる。悲鳴をあげる周囲の人たち。

 視点はバスの上空に移る。この凶事を警察に知らせるため、車掌がバスから降りて走り出し、そして人混みに消えてゆく。視点は更に広がり、セピア色をした、世界恐慌の名残を見せるニューヨークの街全景を映しだす。

 これが周到かつ巧妙に計画された、連続殺人そして「レーン四部作」の幕開けであった。

【コラム】 池江璃花子選手のツイッター

 時事ネタからは遠ざかるはずが、今回池江選手のツイッターを読んで感じるものがあり、「また」書きました。

 

1 今回の出来事の概略

 コロナに対する政府の緊急事態宣言や蔓延防止等重点措置に数値的な効果が見られず、東京オリンピック開催について未だ明確な方針がない中で、「影響力がある」と思われる水泳の池江璃花子選手のSNSに、東京オリンピック代表の辞退や、開催反対に賛同を求めるコメントが数多く寄せられたという。

 白血病から奇跡の復活を果たし、先日オリンピック代表の座を掴んだ姿は全国民が感動し、「影響力がある」ことは間違いない。恐らくコメントを投稿した人たちも、この状況でオリンピックを開くことの危うさを考えて、決断しない政府にしびれを切らして、効果的な方法はないかと考えた上、「善意」で動いたものだろう。

 但しこの動きに違和感を抱いたのは私だけではあるまい。池江選手に限らず、オリンピック出場選手(もしくは出場を目指す選手)に、第3者がオリンピック出場辞退を促すことは、選手のそれまでの努力を否定することになり、オリンピック開催反対となると話が大きすぎて、選手個人に求めるのはあまりにも酷。

 5月7日には池江選手が自らツイッターで、「東京オリンピックの中止を求める声はわかる」としながらも、「それを選手個人に当てるのは苦しいです」とコメントした。恐らくこのコメントで、池江選手(並びにその他有名選手)へのオリンピック辞退や中止運動に関する投稿は収まると思われる。 

f:id:nmukkun:20210508131245j:plain

 写真:時事通信社

 

2 今後の心配

 しかし私は、今後の動きに不安を抱く。あの池江選手に「苦しい」と言わせた(本人は全く悪くない)、コメントを投稿した人への攻撃に今後移るのではないかと。

 池江選手に投稿した人への攻撃材料は「善意」である。選手を苦しめてはいけない、訴える相手が違う、行動するならば自分ですべきだ、云々。

 但し池江選手に対して投稿した人も「善意」で行ったもので、自分の利益にはならない(少なくとも直接の利益は受けない。ただし組織的ならば別)。また池江選手を苦しめる結果になるとは思わなかっただろう。それはそれで自省して欲しい。

 但し他者が投稿した人を攻撃するのは止めて欲しい。なぜなら池江選手に投稿した人も、投稿した人を攻撃する人も「同類」なのだから。

 

3 他者を攻撃する人たち

 f:id:nmukkun:20210508131335j:plain

 2005年の小泉内閣郵政選挙で、広告代理店が縦軸をIQ、横軸を(構造改革に対する)意欲と設定して、4象限で支持層を分類した【図A】。

 A層はいわゆる「上級国民」でB層への影響力が強い。

 C層は知識が高く、世の中に提言をする人々(三浦瑠璃、ちきりんさんなど)。

 D層は「負け組」として、残りのB層に対してのアピールが不可欠と提言した。

 IQの高い、低いを軸にして、また「負け組」と定義するなど「露骨」な分析だが、今ではマーケティングでもよく応用されているらしい。

 ところがこの4象限は説明するには便利だが、分布や位置関係などで誤解を招きかねない。そこで私がデフォルメして作成したのが【図B】。B層は一定量の知識を有していると判断。そしてマスコミの情報に影響されやすいが、SNSの発展もあり、世論の「半歩先」を行こうとしている意欲がある。このB層(構造改革支持層)が民主党政権を作り、アベノミクスを支援し、そして今回東京オリンピック開催の延期・中止すべきと感じている。

 昔、経済的な「中流意識」が流行したが、現在では精神的な「中流」が大半を占めている(と、B層のど真ん中に位置する私はおもう)。そこで「半歩先」を行こうとする意欲が強く他者に先んじようと、情報の裏付けを取らずに「拡散」する場合も出てくる。そのため他の層に対しての攻撃はもちろんだが、同じ層(?)の中でも対立が止まらない。

 

4 結論

 2019年夏に起きた「常磐自動車あおり運転事件」で、暴力を振るった男の同乗者、いわゆる「ガラケー女」に間違われた女性は、多数の誹謗中傷をSNSなどで受け精神的に追い詰められた。

 まずは同様のデマをSNSに投稿したとして愛知県の元豊田市議に対して110万の慰謝料等請求訴訟を申し立て。東京地裁は名誉棄損を認め、33万円の賠償を元市議に命じている。次にユーチューバーにも110万円の請求訴訟を申し立てている。

 これらも元々は当初の「拡散希望」のSNSを見て、情報の裏付けを取らずに「善意」で拡散したもの。但しその「善意」は自己の価値観に基づくもので、他者には他者の価値観に基づく「善意」がある。それが一致するとは限らない。

 この件で騒ぎを大きくするのは、ツイッターの内容から見ても池江選手の本意ではない。結論。明日から始まる平日の「情報」番組で、この件を延々と議論して欲しくない。(今回の心配が杞憂でありますように・・・・)

 

 

 

 

番外 河出文庫版「シャーロック・ホームズ全集」

f:id:nmukkun:20210328084828j:plain f:id:nmukkun:20210402184322j:plain f:id:nmukkun:20210417075718j:plain f:id:nmukkun:20210428185727j:plain f:id:nmukkun:20210428191339j:plain

 今回「シャーロック・ホームズ20選」と称して作品をコメントしてきましたが、自分でも想定外だったのは「殿堂入り」の5点を除いた15作品のうち半分ほどが、当初予定していた作品から変更となったことです。再読するうちに、あらすじ以上のコメントが浮かばす断念した作品あり、「元ネタ」の作品に触れるとネタばれになりそうな作品あり、再発見して興味を持ち、当初の予定と違って選出した作品あり。ホームズ作品は読むたびに新しい発見があることを、改めて感じました。

 同じような理由で、最初からこの20選に選ばなかった作品があります。まず長編4編。そしてホームズの探偵人生のマイルストーンとなった5作品。すなわち以下。

・グロリア・スコット号(ホームズが手掛けた最初の事件)

・マスグレーヴ家の儀式(ホームズが探偵業を初めてごく初期の事件)

・最後の事件(ホームズが宿敵モリアティ教授と戦い、ラインバッハの滝に落ちた事件)

・空家の冒険(死んだと思えたホームズが生還して取り組んだ事件)

・最後の挨拶(第一次大戦前夜、ホームズが最後に活躍した事件)

 これらも、あらすじ以上に私が付け足すことは困難(野暮?)と判断したものです。このように、取り上げなかった作品の中にも私の好きな作品が数多くあり、理由は全て、私の筆力不足が原因となっています。

 なお題名は、日本で一番流通している新潮文庫版の題名を中心に記載しました。文中の引用文は主に河出文庫版から引用させていただいています

 

   中学の入学祝いに買ってもらった新潮文庫版ホームズ全集。その後も何度か読み直し、またグラナダTV制作のテレビ版ホームズに胸を躍らせ、小林司東山あかね共書のホームズ評論書およびその翻訳本を見ては、ホームズの世界に惑溺(わくでき)しました。

 あれから40年以上たち、入学祝いに自分のへそくりからお金を出してくれた父も、一緒に本屋に買いに行ってくれた母も、今はもういません。新潮文庫のホームズ全集は何度も読み返しましたが、年を経るにつれてページが日焼けして、所々紙がはがれてしまい、結局数年前に「断捨離」の運命になりました。ほかにもたくさんの本を処分しましたが、ホームズ物だけは未練が残り、結局挿絵が全て揃っており、脚注や解説が充実している河出文庫版を買い揃えました。

 最近は読み返す機会は少なくなりましたが、今回久しぶりに読み返しました。そうすると12歳の頃の自分が布団にくるまって、夢中になってホームズの物語を読んでいる姿を、まるで天井裏から見守っているような気持ちになりました。これからホームズを読む人は、ぜひ「長いお付き合い」をしてください。

 私にとってのホームズの魅力を最後に書き記して、「シャーロック・ホームズ20選」シリーズを締めくくります。  

  子供の頃に読むと、大人の世界をのぞくことができ、

  成長してから読むと、その世界観に惑溺され、

  年を重ねてから読むと、子供の頃に戻ることができる。 

 

 (私のホームズ体験はここから  是非お立ち寄りください!) 

nmukkun.hatenablog.com

 

 さて、中学の入学祝いに買ってもらったホームズ全集を読み終えた12歳の私が、次に目に留まったのは運命の書「Xの悲劇」。次回からは「エラリー・クイーン 黄金の二十」となります!