小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10 乱世をゆけ 戦国の徒花,滝川一益 佐々木 功(2017)

【あらすじ】

 矮小な土地に53家の土豪が支配する甲賀の里。父の滝川一勝は病を得て覇気が無く、忍びの才能がない兄は早くから他家に養子に出る。16歳の久助は家人の幼馴染み、小夜を荒々しく組み敷きながら、周囲の閉塞感に苛立っていた。そんな折、甲賀の支配者が滝川家を取り潰す画策をして、久助が堺に赴いている隙に養子に出た兄をそそのかしていた。久助甲賀での人生を断ち切るかのように、兄の眉間を鉄砲で打ち込み、滝川一益と名を変えて甲賀と小夜を後にする。

 

 それから15年が過ぎていた。闇稼業から陣仮り牢人を生業としていた一益は、甲賀を出た新助とともに、滝川家家人出身で美濃の道具屋となった儀太夫の元に落ち着く。儀太夫は美濃の斎藤道三を見込んで、その「国盗り」を見届けたい思いから、忍びから商人に転じた変わり種だった。そしてちょうどその頃国盗りは完成し、美濃は安泰に見えた。しかし一益はもう一波乱起きると予言する。

 

 予言通り、道三の子義龍が父に反乱を起こす。国人衆は義龍になびき、道三の旗色は悪い。道三の最期を見届ける気持ちで戦場に向かった一益一行が見たのは、尾張から兵を派遣するも、義龍軍の反撃を浴びて殿(しんがり)を務めていた織田信長の姿だった。大将自ら命の危険を晒す姿を見て、一益は自然と鉄砲を連射して信長を援護した。鉄砲の腕に着目した信長は、「余なら、お前を活かすことができる」と語り、一益に仕官を求めが、乗り気でない一益は、圧倒的に不利な今川義元との戦いに勝利したら応じる約束をする。

 

 最前線の丸根砦を死守する佐久間大学に、一益は信長の伝令を買って出る。信長が乗り移ったような声で「おぬしの死により織田は勝つ」と告げ、その言葉に感動した佐久間大学は死ぬまで砦を守り切り、その貴重な時間を使って信長は桶狭間の勝利を呼び込んだ。その後松平元康との同盟を結ぶ使者にも立った一益は、人質の関係から簡単に同意しない元康に対し、家臣の伊賀の服部半蔵と協力して、敵の城を甲賀の忍びを使って落城させて人質を交換することで、「織徳同盟」をまとめ上げた。

 

  滝川一益ウィキペディアより)

 

 信長は上洛して天下布武へと突き進むが、そこで強敵、武田信玄と対峙する。戦線が拡大して兵が手薄な信長は、一益に信玄暗殺を命じるも、信玄の本陣は服部半蔵も一益も近寄ることができない。そこには伝説の忍び「飛び加藤」が結界を張っていた。飛び加藤を誘いだした一益は、信玄が既に死んでいる事実を知らされる。それを知った信長は窮地を脱し、長篠の戦いを経て遂に武田家を滅亡に追い込んだ。

 

 信長は武田家討伐の恩賞として上野国を受け、「お前は俺だ」との言葉を受けて、関東管領として東国支配を命じる。北条、上杉などの強国に囲まれる中、真田昌幸をはじめ一癖も二癖もある豪族たちを束ねようとする一益。しかし上野入国のわずか1ヶ月後の本能寺の変が起き、後ろ盾を失ってしまった。

 

 秀吉の世をになると捨て扶持で暮し、越前で隠居した。そこで一益は小夜の兄から、過去に捨てたはずの甲賀の話と小夜の最期を聞く。

 

【感想】

 織田軍団の中での司令本部長で、「取締役」の立場でもあった秀吉、光秀、柴田勝家丹羽長秀と並ぶ立場の滝川一益甲賀の出「らしい」とは言われているが、秀吉よりもその出自は不詳とされている。しかし「進むも滝川、退くも滝川」と呼ばれ、戦場の働きだけでなく調略や忍びの仕事なども精通して、何よりも他の武将を差し置いて関東管領職まで任じられた人物。信長死後は秀吉に歯向かったが、華やかな戦いの場にも恵まれず、越前で逼塞させられてその生涯を終えている。

 前作品で取り上げた主人公の九鬼嘉隆から見ると、一益は苦労人で気が利く支援者の性格となっているが、本作品ではガラリと様相を変えている。寡黙な職人として、織田信長を秀吉よりも理解して支える役柄となっている。上野国を拝領した時、「一国よりも茶器を所望」と言い放った逸話もあるが、これも織田信長の心理を読んだものと思われる。

 

  

 *こちらも滝川一益。本作品はこちらの姿の方がふさわしく思えます(ウィキペディアより)

 

 そのため序章では天下人秀吉が「信長公記」で描かれる一益の活躍に対して「余計な者」と切り捨て、その後も一益に対して嫉妬心を燃やす様子を描いている。そのためか後の世に滝川一益を紹介する物語は少ないとされている。

 本作品はそんな正体不明だが、織田信長の元で方面部隊を指揮することを認められるほど有能だった滝川一益を、想像力を交えて見事に描いている。【あらすじ】では触れなかったが、「かぶき者」前田慶次郎を見事な役割で登場させ、服部半蔵や伝説の忍者「飛び加藤」と絡ませて、「いくさ人」であり「忍びの者」でもある滝川一益の魅力を存分に伝えている。

 その中でも織田信長の描き方が見事。「天才は天才を知る」として、人に仕えるのが性に合わない一益の心を引き込んでいく信長の魅力を、戦いの場、祭りの場、会話の中などで描いていき、一益は自然と信長の「天下布武」に組み込まれていく。その集大成を本作品は信長死後の関東脱出劇として描いた。

 周囲を巻き込んだり籠城して命を長らえようとせずに、敢えて人質を解放して、潔く関東から脱出する姿は、関ヶ原の戦いで見せた島津家の退却劇を連想させる。その「退くも滝川」の戦いを信長への手向けと捉え、題名に「織田の徒花」と添えたのは、信長の死によってその役割を終えた一益に相応しい。

 但し先に書いたとおり、滝川一益は「苦労人で気が利く支援者」の印象も、なぜか感じてしまう。「武将」という言葉だけでは片付けられない、多才な人物に思える。

 

 *「戦鬼たちの海」だけでなく、こちらの作品でも「苦労人で気が利く支援者」を演じています。

 

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