小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 義元謀殺 鈴木 英治(2001)

 ここからは、織田信長にまつわる人物や戦いの20選になります。

 

【あらすじ】

 今川義元は軍師太原雪斎が亡くなってから数年経ち、家中の求心力が衰えていることを感じる。そんな雰囲気を一掃するために、長年の懸案だった織田信長に攻め込み、そのまま上洛して足利幕府を支え、太守としての器量を家臣たちに知らしめようとする。

 

 そのためにも織田領との境に領地を持つ山口一族に対して、濡れ衣とも言える離反の噂を取り上げて駿府に呼び寄せて、だまし討ちの形で粛清した。対して織田信長は、義元がいつ上洛するかを探り、今川軍を迎え撃つための「細工」を忠臣の簗田弥次右衛門に命じる。簗田の密命を受けた忍者、山路甚平は一党を率いて駿府へと乗り込む。

 

  それからしばらくして、駿府で家臣の家全員が虐殺される事件が起きた。その家は山口一族をだまし討ちにしたため、残党によって敵討ちを受けたものと思われた。偶然虐殺した集団を見た今川義元の近習で剣の使い手多賀宗十郎は、目付で許嫁佐代の兄の深瀬勘左衛門に情報を伝える。

 

 佐代と結ばれて新婚生活を送っていた宗十郎も、実は山口一族の粛清に関与していて、度々命を狙われる。ある日も道中で4人組の男に襲われたが、その時加兵衛と名乗る腕利きの男に助けられた。加兵衛は剣の腕もさることながら、鉄砲は今川家中でも比べものにならない技術を持っている。義元の覚えもある宋十郎は家臣に推挙するが、加兵衛は気軽な身分を望み、宋十郎の家で客分として仕えることになる。

 

  一方目付の勘左衛門は、情報を集め高畠村に狙いを定める。村長から情報を聞き出し、寺の「破戒僧」だった僧侶が、4年前に急に心を入れ替えて立派になったことを聞く。勘左衛門は、僧侶の改心は人物が入れ替わったものだと推測し、その目的を探ろうとするが、無残な形で返り討ちにあってしまった。宗十郎は勘左衛門の仇を討とうと、その足跡を追ってようやく高畠村にたどり着いた。その時村長の隠居小屋に多くの牢人が隠れている情報を受けた目付の集団が、皆殺しをしたところだった。

 

  今川義元日本経済新聞社より)

 

 義元の重臣三浦備後は、最近の不穏な動きの背後に、今川義元の暗殺計画があるのではないかと疑う。花見の外出時にも厳重に守りを固めるが、その間に義元の館には、武田家から来た穴掘り職人によって掘られていた秘密の通路辿って族が忍び込む。戻った義元を拉致し、領外に逃亡しようとしていた。

 

 太守義元の命を危険にさらすこともできず、見ているだけの家臣たち。そこに宋十郎の客分加兵衛が名乗りを上げて、義元を人質にする一味5人を、鉄砲5丁を準備して連射して命を奪い、義元を救い出すことに成功した。感心して直臣にとらせようとする義元に対し、加兵衛は今の自由な立場を求めるとともに、宋十郎が命を救った、間もなく処刑される村長の孫の命を助けることを望み、義元から許された。

 

  そうして今川義元は上洛の軍を起こす。織田方の砦を次々と落とし順調な進軍の中、本隊は桶狭間に向かう。ここで本来の「企み」が動き始める

 

 

桶狭間の戦いで活躍した毛利新介と服部小平太が辿る、戦いの後の物語。

 

【感想】

 今は立て続げに作品を上梓している「手練れ」の時代小説作家、鈴木英治のデビュー作。しかも懸賞の応募作品が原稿用紙1,400枚を超える大作というのも乱暴な話だが、内容はことのほか「濃い」。

 内容は戦国時代のエポックメーキングの桶狭間の戦いを題材にしている。しかし物語の大半は、そこに至るまでの、今川方の家中での騒動となっている。そのため織田信長の存在は薄いが、最後まで読むと存在感が増してくる。しかしその内容は、ほかに類を見ない

  第1に、戦国時代を題材にしているのも関わらず、主人公が大名の今川義元でも、その配下の武将でもなく、近習の家臣で剣の使い手でもある多賀宗十郎であること。

  第2に、最初は目付の深瀬勘左衛門が一家虐殺事件の捜査をすることで、物語が進行していく。途中勘左衛門が返り討ちに遣い、多賀宗十郎が後を引き継ぐことになるが、これはまるで推理小説を見ているかのような展開。おかげで、久しぶりに「ネタバレ」を気にしながらのあらすじとなった。                              

  第3に、目付や近習などの今川家家中、そして村の村長や僧侶など当時の市井の生活がよく描かれている。まるで藤沢周平の江戸期の小説を見ているようだが、不自然に感じないのは、当時比較的支配が安定していた駿河を舞台としたことと、作家の筆力によるものであろう。

 この時代は徳川家康こと松平元康が人質として、そして義元の母の寿桂尼こと悠姫も城下で健在のはずであり、そんなことを思いながら読み進めた。 

 

 

 最後に、作品中に何重にも「トラップ」を仕込んでいて、どれが本当の目的で、どれがダミーかが最後まで分からない構成になっていること。余りにも精密で、何もそこまで、とも思わせるが、「パーフェクトゲーム」を目論む主君と、その主君に男気を感じて様々なトラップを仕掛けて、巧みにすり抜けながら目的を達しようとする忍び。

 そして忍びの運命。過酷な条件を潜り抜けて目的を達した「褒美」は余りに切なく、忍びの世界の厳しさを微かな余韻を込めて、作品を終わらせている。

 

 主人公の宗十郎はとんだ「狂言回し」となってしまったが、読後は桶狭間の戦いの後、衰退する今川家中での宗十郎を見てみたい気持ちが芽生えた。妻の佐代と、助けた村長の孫娘千代の行く末とともに。

 

木下藤吉郎が、桶狭間の戦いで演じた「影の」役割を描いた物語。