小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

7 あでやかな落日 逢坂 剛 (1997)

【あらすじ】

 現代調査研究所所長という肩書きだが、実質フリーの岡坂神策。通りすがりにふらっと入ったクラッシックギターコンサートの演奏者、無名の香華ハルナに強く惹かれた。20代前半の女性だがお世辞にも美人とは言えず、ぼさぼさ頭で野性的だが目の光が尋常ではなく、見事な演奏とともに存在感が残った。

 業界トップ3に入る家電メーカー、アウロラ電機が会社のイメージ刷新も賭けて発表する新製品のイメージキャラクターを探している情報を、取引のあるセントラル広告社の紹介で聞き、岡坂は香華ハルナを推薦して見事選ばれる。そして始まる極秘キャンペーンの情報が、次々と業界紙にリークされて岡坂とハルカが窮地に立たされる。彼らを妨害しようとする人物はどこにいるのか、そしてその目的は何か。

 

【感想】

 逢坂剛の作品と言えば、直木賞受賞作「カディスの赤い星」で代表されるように、スペインを絡ませながら展開するハードボイルドのイメージが強い(21世紀になると、時代物も次々と刊行するけど)。その点本作品は、一時はプロを目指すまで入れ込んだクラシックギターの世界と、自分の「本職」である勤務先、博報堂を模したと思われるセントラル広告社も登場させて、日本国内における企業広告の裏側を描く経済小説となっている。

逢坂剛出世作です

 

 香華ハルナという無名のクラシックギタリストを軸に据えている本作品。冒頭から「お世辞にも美人とはいえない」と書かれているにもかかわらず、その存在感を読者に想像させる筆致は見事で、ハルナの奔放な性格と共に本作品を引っ張ってくれる。この辺の「存在感」は、世阿弥が「花伝書」で書いている「花」を想像させる。そして無名の存在を見つけ出し、そして世に出す役割でもある広告マンにとって大切な「目利き」を、作者逢坂剛が投影されていると思われる主人公の岡坂神策に持たせている。

 主人公の岡坂は、日本を代表する広告会社・博報堂の社員とは違い、後ろ盾のないハードボイルド的な1匹狼となっている。ちょいワルおやじ的なウィットのある会話と行動。そしてハルナを始め、アウロラ電機の広報部員や、ライバルの広告代理店のディレクターなど、何故か女性が寄ってくる存在感。但しこの女性たちが取り巻くその深層が果たして虚か実か・・・・「ちょいワルおやじ」もその辺を見極めながらも、誤解を招く行動を取ることを全く厭わないで振る舞うのがハードボイルドか。

 日本の広告業界は欧米のそれとは異なり、1業種多社制を取っている。欧米の広告会社は「利益相反」を考慮しているのか、1つの業種に1社のみを担当としているのに対し、日本は1つの業種、というよりも、時に巨大企業は1社に対して複数の広告代理店が担当を分け合う。

 昔、コカコーラとペプシコーラの競争が激しくなり、ライバル会社を貶めるCMが話題を呼んだが、日本ではライバル社も同じ広告代理店が担当していることが多く、決して同じようなことは発生しない。反面、TVCMの枠などは代理店のシェアに応じて決められて、例えCMや広告の内容が評判を呼んでも、業界の順位をひっくり返すようなことはない。

 本作品では、セントラル広告社が業界大手メーカーのアウロラ電機に食い込んで新たなイメージ戦略を請け負うが、中小の代理店がかなり危ない橋を渡ってまで邪魔をする。そしてその影には業界最大手の広告代理店の意向が見え隠れする。その原因を「小説」では個人の人間関係に求めたが、現実はそんな「美談」が背景になくても、もっと厳しい競争があるのだろう。昨今の電通を巡る報道を見ると、否が応でも結び付けてしまう。

 最後にアウロラ電機は、TMP(トータル・マーケティング・パートナー)制度を持ち出して、広告会社1社に集中委託することを発表する。それは博報堂社員だった作者が、この業界の「ガリバー」に対して抱いていた思いであろう。作者は本作品を発刊した1997年に、長年続けてきた2足のワラジの1つを脱いで、博報堂を退社している。

 

nmukkun.hatenablog.com

*ヒロインの造型といい、主人公の雰囲気といい、なぜかこちらの作品を思い浮かべます。