小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 小説 江副浩正 大下 英治 (1889)

   Amazonより



【あらすじ】

 東京大学に入学した江副浩正は、普通は原稿を書くことを目的として入る東京大学新聞社に、最初から広告営業を目的として加入する。そこで企業広告の未来性を感じた江副は、大学卒業後もサラリーマンになる気持ちを持てず、起業を決意する。二坪半の事務所でスタートし、1960年にリクルートの前身である大学広告を設立。大学の新卒者向けの求人雑誌「企業への招待」を刊行する。

 周囲に、そして自らに対しても冷徹な判断力を持つ江副は、その能力を発揮して事業は順調に拡大していく。5年後には年商1億を超え、10年後には10億を超えて自社ビルを建てるまでに成長する。

 そして更なる商機と事業の拡大を求めて、「情報産業の雄」NTTに食い込む。自ら切り開いた分野の頂点を目指す「チケット」として、財界そして政界に「値上げ確実」と思われた未公開株を賄賂としてばらまいた。その賄賂は当時の政界有力者のほとんどに行き渡ったため、その事実が判明すると戦後最大の疑獄事件に発展、リクルート社とともに江副は悪役となってしまい、失意の内に失脚する。

 

【感想】

 東京大学出身で「起業の天才」と呼ばれた江副浩正。受験には有利と聞いてドイツ語を選択、入学してからは東京大学新聞社に、最初から記者には興味を持たず、企業広告を志して加入する。周囲と明らかに「モノサシ」が違っている。

そして大学卒業後は、「宮仕え」のサラリーマンを嫌って起業する。この点は現在ならば学歴は関係ないと思われるが、当時は起業するために学歴が必要と考えたのだろう(漫画家の手塚治虫が「まんが有害論」に対抗するために大阪大学医学部出身にこだわったことを思い出す)。

  

 江副浩正(文春オンラインより)

 

 その広告手法は現在になって見直されている。従来の不特定多数に広告を打っていた「マス広告」に対し、現在のネット広告は、GoogleのAI(人工知能)によって、検索者の傾向などから興味のある分野を絞り込んでより効果的な広告を提供している。その手法を江副は、半世紀以上も前から考えていた。最初から対象とする読者を絞り込み、特定の読者に特化した広告を集めて行き、効果的なレスポンスを生み出した。その分野は求人広告から始まり、車、家、海外旅行、転職など多岐に渡る。

 

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 そしてリクルートグループは、一時はリクルート事件で打撃を受けるが、今では運営に苦しむ昔からのマスメディアを凌駕する規模と価値を有することになった。

 東京大学出身の「起業の天才」と言えば、江副と似たシュールを描いたもう1人の天才を思い出す。東京に出ることを目的として、詰め込みで受験勉強をして東大に合格した堀江貴文。東大在学中は元々興味のあったプログラム製作などに夢中になり、そのまま大学を中退して起業することになる。そして更なる商機と事業の拡大を求めて、「マスメディアの雄」フジサンケイブループに食い込もうとして、ニッポン放送株を買い占める。

 日本の社会風土から見れば「王道」だが、経済行為としては「覇道」を選んだ江副。そして経済行為としては「王道」だが、日本の社会風土から見れば「覇道」の動きをした堀江。それぞれ業界の頂点が手に届く手前まで行って「高転びに落ちた」。但し2人とも、その功績は後の世にも残っている。堀江貴文は「風評の流布」で最高裁まで争った上で実刑判決を受けたが、服役したことでかえって箔がつき(?)、個人としての発信力は以前にも増しているように思える。そして江副浩正自身は失意に沈んだが、江副の目指したものは、江副が身を引いてからも受け継がれて、現在も発展し続けている。

 

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*もう一人の東大出身「起業の天才」