小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 虚像の政商(宮内義彦) 高杉 良 (2011)

【あらすじ】

 当時黎明期であったリース業をアメリカで学び日本に移植した加藤愛一郎。44歳でワールドファイナンスの社長に就任する。誰にでも丁寧な言葉を使い、腰が低い姿勢で瞬く間に「財界」の老人たちを籠絡していく。まだこれからの会社と思われた時代に将来性を見込んで、東都大学出身で初の社員となった井岡堅固。柔軟な思考と人脈から、ラブホテル、消費者金融不良債権ビジネスと、新しいビジネスを生み出して、経営多角化してグループを成長させていく。

 そして21世紀。大泉純太郎内閣における改革の旗頭ともなった加藤は、公的立場を利用して、自社への利益誘導体制を確立していく。その姿は、政権との繋がりを用いて利権を貪る「和製ハゲタカ」に他ならなかった。加藤の懐刀となっていた井岡は会社方針に苦悩するが、リーマン・ショックに伴う株価暴落により、同社の経営も加速度的に悪化していく。

 

【感想】

 「一代記」のカテゴリーでは始めての「仮名」による小説となった。生存する人物で、物証がない政府からの利益誘導を描くのは「小説」の形を取らざるを得ないだろう。そして男女の関係も匂わせている。またもう一人の主人公と言える井岡堅固は実在の人物ではないらしく、作者高杉良が「加藤愛一郎」を描くために用いた「もう一つの視点」でもある。仮名の小説でモデルを紹介するのはおかしいけど・・・・

   宮内義彦(BSテレ東より)

 

 オリックスのCEO、宮内義彦は、1935(昭和10)年、神戸市で生れる。関西学院からワシントン大学に留学してMBAを取得後商社に入社。経営多角化のために銀行とジョイントでリース会社を設立するためにアメリカ留学を経て、新会社のオリエントリースに出向する。ところがリースの本質をわきまえない周囲の中で次第に実権を握り、親会社からの完全独立を主張して成功、35歳で役員、44歳で社長に就任して、現在に至るまで半世紀に渡り役員を務めている。

 IT企業以前、日本における大企業のほとんどが戦後から「のしてきた」企業によって頭がつかえていて、その風穴を開けるのは江副浩正リクルートと、宮内義彦オリックスが目立つ位だった。江副浩正はその後凋落していったが、宮内は表面的なさわやかな弁舌と新しい発想を説いて「老人キラー」の名をほしいままに受けて「財界の寵児」となる。そして政府内の規制緩和に関する委員会を10年以上務め、最終的には「規制改革・民間開放推進会議 議長」の立場になった。

 かんぽの宿でのあまりにもずさんな「丸投げ」の解決方法。当初は人員整理を行わないなどの理由もあってオリックス側にも妥当性があるのかな、と思ったものだが、「ラストバンカー」日本郵政の西川社長との「あうんの呼吸」は、自らの立場を利用した「癒着」と取られてもしょうがない「ディール」。これを1つの事例にして、本作品では「加藤」が利権をむさぼるために、活用できる人脈を得るために、頭を下げて、そして利用価値がなくなると容赦なく捨て去る姿を描いている。

 

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 宮内義彦がリースという複雑な法律に基づいた事業を、日本に定着させた功績は大きい。そして日本経済界で「オリックス」を成長していくためにはどうすればいいのか。そのことを「渾身を込めて」考え抜いて、実行してきたように思える。新たな提言はするが、既得権益を揺るがして「支配者」たちを不安にさせるようなことは避けて、老人たちを持ち上げていく。その姿はJ・F・ケネディが自分の判断基準を「大統領になるため」を最優先とした固辞を思い出させる

 そして21世紀になり、バブルで古い企業の勢力も落ちて、宮内はかつての「財界の大御所」とも言える立場に変わった。宮内から見れば、自分の企業グループを拡大することが事業の最優先とする姿勢は「ぶれない」。但し高杉良は、かつての財界人にあった「筋」と「倫理」をもつ「気骨ある明治男」を業界紙の記者として、そして経済小説の取材で見つめてきた。そのためバブル以降の、倫理を喪失している企業や、私利私欲に走る経営者に対しての筆はかなり厳しいものになっている。

 宮内義彦阪神淡路大震災の時、オリックス・ブルーウェーブ(当時)のメンバーに対して「こんな時だから観客は集まらないかもしれないが、一生懸命応援にやってきた1人の観客を3人と思って、応援に応えて欲しい」と訴えたことを私は覚えている。本作品のタイトル「虚像」は、実像との対比であるが、その「虚」と「実」は時と場所によってまた入れ替わる可能性があると信じたい。

 

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高杉良が著したもう1つの「一代記」は、世間の見方とは対象的に、好意的に描かれています。