小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

14 よろずや平四郎活人剣【市井物】(1983)

【あらすじ】

 1,000石の旗本神名家で、冷や飯食い(次男以降の男子)の立場の神名平四郎。平四郎の兄の目付、神名監物は、同じ目付で、水野忠邦の忠臣で調子づいている鳥居耀蔵と対立している。冷や飯食いから独立しようと、友人の明石半太夫北見十蔵とお金を出し合って剣術道場を共同経営しようとした平四郎だが、明石にだまされて、やむを得ず長屋に移り住むことになった。

 

 今更実家に戻れず、食べるために長屋に「よろずもめごと仲裁つかまつり候」の看板を掲げる。平四郎は離縁話の仲裁や盗人仲間の手打ちなど、ちょっとした知恵や尋常の機敏、そして時には腕力に者を言わせて「よろずもめごと仲裁」を行うことになる。仲裁はたまに大口の依頼もあるが、大半は持ち前の優しさや正義感から、利益にならないどころか足が出るような依頼も受けることがあり、1人が食べていくのがやっとというところである。

 

 

【感想】

 全集の解説でも「用心棒日月抄」とその主人公、青江又八郎と比較しているが、江戸の市井に生きる主人公が、様々なもめ事を通して人情の機微に触れながら生活していく様子は似ている。そのためか「新 腕におぼえあり」として、「用心棒日月抄」の続篇としてドラマ化もされている。但し青江又八郎は、元々東北にある小藩の藩士という設定に対して、神名平四郎は旗本の家に生れた「チャキチャキの江戸っ子」という点で大きく異なる。そのため藤沢周平としてはやや明るい内容だった「用心棒日月抄」よりも、本作品はさらに「カラっと」した印象を受ける。

 

 

 *「新 腕におぼえあり」の主役は高島政伸。北見十蔵役は松重豊でした(NHK)

 

 また「用心棒日月抄」は時代を元禄に設定して、赤穂浪士の討ち入りを作品の「ベース音」として響いているのに対して、本作品は天保の改革を舞台にしている。そして水野忠邦とその配下で、今や悪役としての存在感が強い鳥居耀蔵を敵対する役回りとして、前面に押し出しているのが特徴。鳥居耀蔵のライバルとも言える兄の監物も絡めて、これが24話続く連作を貫く縦糸となっている。

 剣術道場を共同経営しようとして出資したお金を騙し取った明石半太夫と、騙された1人で人が良い北見十蔵が、作品を通して何度も顔を出して、平四郎に平気な顔で物事を頼んでくるのも面白い。騙し取ったお金は決して返さないが、それとこれとは別として接する、明石半太夫の強靱なメンタルには恐れ入る。この人間関係が、作品の密度を重ねる横の糸。

 加えて、神名平四郎の許嫁だった早苗も重要な役割で登場する。前半でちらっと平四郎の素性を語るときに登場するが、後半では平四郎と「よろずもめごと」で絡む。14歳のときに許嫁として会ったが、その年に本家の罪の連座で家が取り潰しに合い、婚約は解消。その後姿を消したが、親が借りた借金のカタで御家人の妻となって、自由のない暮らしをしていた。その事情を知った平四郎が「もめごと仲裁」を行うことになる。

 このような背景を抱えて、24作連作で1980年10月号から1982年11月号にかけて掲載された。短編の名手である藤沢周平だから、このような「縛り」を設けた連作を続けることも得意だっただろうが、よくもまあこれだけの内容の短編を、ほとんど中断なく2年間も続けられるもの。全ての作品で短編の業が冴え渡り、見事な「落とし」がついている。

 

 さすがに24編すべて紹介することはできないが、お金の話、男女の話、夫婦の話、親子の話、武士としての話、裏稼業の話、危険な犯罪の話、そして政治の話など、話題は枚挙に暇がない。特に前半は内容で堂々と勝負していながら、後半に入りそれまで伏線に張っていた許嫁の話や道場の話、そして天保の改革に関わる話などを前面に出して、伏線を回収にかかるタイミングの見事さ。読み手の興味を繋げる「技」が身体に浸みてわかっていると思わせる。

 そして平四郎をとりまく人々は、総じて明るい。特に兄の嫁の里尾は、歳も離れ、妾腹でもあり厄介者扱いだった平四郎に母親のように接している。またお金を騙し取った明石の妻はその事情を知らないためか、おおらかに平四郎に接して、かえって平四郎が恐縮するほどの可笑しな設定となっている。そして長屋の面々は、皆世話好きで親切な人々ばかり。

 「用心棒日月抄」では、物語のスタートに、犬の世話をする話題を挙げて「生類憐れみの令」に振り回される市井の人々を描いたが、本作品では天保の改革のために不景気に苦しむ人々を描いている。そして最終話では平四郎は念願の剣術道場を、当初の予定だった明石半太夫、北見十蔵と一緒に看板を上げることができた。許嫁だった早苗とよりを戻すことができて、天保の改革水野忠邦が失脚してと、良いこと尽くしで終っている。

 

  

 ・ドラマ「よろずや平四郎活人剣」の主役は中村俊介でした(テレビ東京

 

 藤沢周平の特徴を支える「士道物」と「市井物」の紹介はここで打ち止めにします。ほかにもいくつかの作品がありますが、どれも紹介した作品に劣らない質を誇っていますので、(今更ですが)予備知識なしで、ぜひ味わってください。

 

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