小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 用心棒日月抄【士道物】(1978)

【あらすじ】

 奥州にある小さな藩の馬廻り役、青江又八郎は、家老大富丹後の一派が藩主毒殺計画を遂行中との密談を、偶然に耳にしてしまう。許婚由亀の父親に相談するも、実はその父親も大富一派に与し、青江に斬りかかってきたため、青江はとっさに斬り倒してしまう。青江はやむを得ず脱藩し、その足で江戸に向かう。

 

 江戸では浪人として、人足仕事や用心棒などで糊口を凌ぐ生活を続けていたが、やがて大富一派から追っ手がやってくる。しかし許嫁だった由亀が仇討ちに来るまでは、死ぬわけにはいかない。折から世間は赤穂浪士の仇討ち話で騒がしかった。青江は大石内蔵助、そして吉良邸の用心棒をしながら、由亀が仇討ちとして現われることを待ち続ける。

 

【感想】

 歴史小説は、実在の人物を主人公として、史実に即した物語を展開するが、時代小説は、その時代背景や設定を利用して描かれる「フィクション」と(大雑把に)区分される。藤沢周平は江戸時代を舞台とした時代小説の大家と呼ばれるが、この作品で藤沢周平は作風を変えたと言われている。そして1990年代、NHKで「腕におぼえあり」の題名でドラマ化されて好評だったそう(私は未見です)。

 

 

 *「腕におぼえあり」で主演を演じた村上弘明NHK

 

 藤沢周平が創造した、自らが出身の庄内藩出羽国)を模したと思われる「海坂藩(うなさかはん)」。本作品では藩名は明らかにされていないが、「奥州街道を北上して仙台領に入り、さらに奥羽山脈の脊梁(せきりょう)を横切って出羽街道に出る」道を辿って帰国するのは、庄内藩としか思えない。

 作品は、主人公の青江又八郎が月代(さかやき)がのびて、衣服も垢じみやつれている姿で、江戸で職探しをしている場面から始まる。しかも最初の仕事が犬の用心棒。但し犬と言っても生類憐れみの令が盛んな頃であり、犬が行方不明になったり、殺傷されようものなら、その飼い主にまで災いが及ぶ時代。そんな中でも江戸の町民は生き生きと暮して、又八郎も江戸の町に徐々に溶け込むが、そんな主人公が突然襲われ、少しずつ過去の「事情」が語られて、何故国を出て浪人になり江戸に来たのか、徐々に明らかになる。

 藤沢周平の舞台では頻出するお家騒動。狭い武家社会の中で、更に派閥が分断される。その中で生きている人たちが、否応なしにどちらかの派閥に組み込まれて、時に自分の預かり知らぬところで、運命が翻弄されていく。そんな人々がどのように生きるか、またはどのような運命に晒されるかを、藤沢周平は透徹な表現で、時に哀切を込めて描き出す

 主人公の又八郎は、藩主毒殺という、武家社会では重罪と言える陰謀を耳にする。陰謀に加担していた許嫁の父に斬りかかれた勢いで、反対に討ってしまい、許嫁が「仇」の立場になってしまう。そんな暗い過去を持ちながらも、許嫁の由亀が仇討ちに来るのを待ち望んで、江戸で生活していく又八郎。

 そんな中でも、職探しの日当が高い、安いと文句を言いながら、用心棒や剣術道場の指南をする仕事にありついたり、長屋のおばちゃんから差し入れをもらったりと、元禄期の江戸の市井が巧みに描かれて、そんな場面も興味が尽きない。また同じ浪人である赤穂浪士の姿も、時折紙面の隅を彩っている。それも主君の無念を注ぐ忠臣たち、という描き方ではない。短絡的に「やってしまった」切れやすい藩主おかげで、格好がつかない家臣たちが、自分の名誉を回復するために仇討ちを画策する心情を描くなど、当時としては新たな角度から赤穂浪士を描いている。

 

 

 *ドラマ「用心棒日月抄」で青江又八郎を演じた杉良太郎(時代劇スペシャル)

 

 そして赤穂浪士の討ち入りと同じ時期、国元で政変が起きて、又八郎の名誉は回復される。また又八郎に斬られた父も、娘の由亀には又八郎を頼るように言い残して絶命したため、由亀は又八郎の家で母を一緒に過ごしているという。それを知り帰国の途につく又八郎だが、そこで政敵の甥、大富静馬佐知という若い娘に命を狙われる。帰国してからは政敵の家老を上意討ちにする役割を担い、見事に成し遂げる。由亀とも結ばれてハッピーエンド。

 但し藤沢周平は最後に「一ひねり」入れた。赤穂浪士は全て切腹した報に接し、武家勤めを「禄を貰ったがために、そこまで義理立てねばならぬ」と主人公に言わせている。そして最後は「(義理立てのいらない)用心棒に似つかわしい、あごがはずれるほどの大あくび」をしている姿で物語を締めている。

 

 ところが藤沢周平は、「義理立てしなければならない」武家社会に生きる又八郎を、再度追い込むような形で続篇を描いた。

 

 第2編「狐剣」では、政敵の黒幕に藩主の叔父がいる証拠を見つけ出すため、家老の命令で青江又八郎は脱藩の形を取り、江戸に向かう。そして先に狙われた佐知が実は藩の隠密組織の頭目の娘で、今度は又八郎の味方となって、鍵を握ると思われる大富静馬を追いかける。

 

 第3編「刺客」では、真の首魁が藩主の叔父を判明したことで、その叔父が刺客を放ち佐知の属する勢力の力を削ごうとする。藩はその陰謀を察知し、青江又八郎に擁護の役を与え、またしても脱藩の形を取って江戸にやってくる。

 

 最終作「凶刃」では、青江又八郎は40歳になり、藩の重要な役割に就いていた。ところが隠密組織の解散を命ずる役目を受けて、四たび江戸に向かう。またまた政争に利用される又八郎。江戸で佐知との再会と2人の想いのぶつかり合い。そして藤沢周平らしい決着で佐知との関係を終らせる。

 

 又八郎は江戸に向かうと用心棒として生計を立てる。藩の命令だが藩から充分な資金は得られない。「宮仕え」の凄まじさのようだが、用心棒を稼業として生活する又八郎は、藩の組織に組み込まれながらも、自由な立場を確保する礎になっている

 

 

 *二代目の青江又八郎は、小林稔侍でした(ワンスクリーン)

 

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