小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 毒猿 新宿鮫Ⅱ(新宿鮫シリーズ) 大沢 在昌 (1990~)

【あらすじ】

 キャリア組ながら過去に警察内で悪徳警官との間に起きた事件と、警察内の派閥抗争を暴いた「秘密文書」を託された鮫島警部は、警察内で腫物扱いとなり、新宿署防犯課内で「飼い殺し」となっていた。その立場を逆用し、単独で暴力団に対し容赦ない捜査を行い、「新宿鮫」と恐れられていた。

 その新宿に台湾から凄腕の殺し屋・毒猿(ドウユアン)が潜入する。標的は彼を裏切り、日本の暴力団に匿ってもらっている台湾マフィアのボス・葉(イエー)。そして毒猿を追いかけて台湾の敏腕刑事・郭(グオ)とともに、毒猿の爪痕を追う鮫島。

 もう一人、標的を一人で追う毒猿に心惹かれた奈美は、その復讐劇に呑み込まれていく。そして新宿御苑を舞台に葉を匿う暴力団・石和組と毒猿の全面対決が繰り広げられる。

 

【感想】

 ちょうどこのシリーズが刊行されたころ、私は新宿で仕事をしていた。当時はバブルの最中で、お金目当てに暴力団が集まり、再開発の名の元に地上げ等の噂が飛び交い、熱気が漲っていたことを思い出す。ちなみに「新宿の種馬」シティハンターがジャンプで連載されたのは1985年から1991年で、当時「危ない街」の第一位は断トツで新宿だった。その後新宿には中国系マフィア等も入り込んだようだが、「インバウンド」はまずマフィアから始まっている。「エコノミックアニマル」の筆頭は暴力団になっていた時代。

 本作品だが、まずシリーズの題名が秀逸。「新宿」と「鮫」がこんなに親和性(?)のよい言葉とは、読まないとわからないし、一度読んだら決して忘れない組み合わせ。更に主人公の設定が見事。あらすじの3行だけ見ると不自然極まりないが、その内容をシリーズ第1作「新宿鮫」できめ細かく、そして力強く説明した上で「新宿鮫」の強引な捜査を描いているため、「警察内の一匹狼」を力技で認知させることに成功した。特に「悪徳警官」との絡みの経緯から対決の場面は、迫真の描写となっている。

*やっぱり主人公の造型がわかる第1作から読んでください。

 

 第1作で新宿鮫を存分に描いたあとの本作品は「毒猿」。題名からみると「毒猿」と「鮫」で新堂冬樹の作品に思えてしまうが(笑)、題名はこれしか考えられない内容になっている。中国との最前線の部隊で特殊訓練を受けた「職業兇手」(プロの殺し屋)劉鎮生は、銃や爆弾の使い手でもあるが、蹴り技(かかと落とし)でも人を殺せるオールマイティーの能力を持つ男。自ら殺めた死体に木彫りの猿を置くことから「毒猿」と呼ばれる。

 そしてその劉を追いかけて来日した台湾警察の郭栄民。別件の捜査途中で鮫島と遭遇する郭は劉とも因縁があり、鮫島の協力で郭を捜索する。そして標的として狙われる台湾マフィアのボス・葉(イエー)とその葉を匿い、暴力団のメンツも賭けて劉と戦う暴力団石和組。更には劉に心惹かれるが故に事件に巻き込まれてしまいながらも劉への無償の献身を続ける奈美。

 キャラの濃い鮫島だが本作品では狂言回しの役で、更にキャラの立つ人物を配置し、1人1人の人物背景も描きながら、その全てを終盤の新宿御苑を舞台とした決戦に集約させていく。まるで「戦争」のような決戦において、1人1人死んでゆくのを見届ける役割を担う鮫島。

 それまで描いてきた、個々の人生も思い浮かばせる流れになっており、読み手は鮫島の立場で感情移入してしまう。対して「決戦」の結果を記述するのは、感情を排した極めて事務的な文章となっているため、体言止めのような余韻を感じさせる。そして最後は、この事件に思いか出ず巻き込まれた奈美の思いで作品の幕を降ろす。

 ハードボイルド作品と言えるが、孤高でありながら恋人晶との逢瀬や上司との信頼関係などの人間味を見せる「新宿鮫」。その設定を本作品では事件の登場人物にも投影させて、物語を深彫りさせている。

 「社会派」とは一線を画した、新しい警察小説の形を描いた作品