小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 推理小説(刑事雪平夏見シリーズ) 秦 建日子(タケヒコ) (2004~)

【あらすじ】

 新宿の公園で中年の男性と女子高生が殺害された。二人に接点はなく、通り魔的犯行か変質者による犯行と思われた。男性の死体の眼球はナイフで抉られた痕があるが、女子高生の死体にはなく、そのずれも原因がわからない。犯行状況から男性が先に、女子高生は後に殺害された様子。そして現場には白い無地の紙で茶色の縁取りの栞が残されており、そこにはこう書かれていた。「アンフェアなのは、誰か」

 第三の殺人はすぐに訪れた。弱小出版社の岩崎書房が主催する文学賞の授与式で男が毒殺された。そして現場にいる参加者のポケットから、またあの栞が発見された。

 

【感想】

 主人公は雪平夏見。名前も奇妙だが、人物設定は更に奇妙で「劇画的」になっている。大酒飲みで、飲んだら素っ裸で寝るのが癖。ちょっとやそっとでは起きず、事件が起きたら同僚が、30才過ぎとは思えない美しい肢体を眺めながら部屋に起こしに行く。但しその部屋は最後にいつ掃除をしたかわからないゴミ屋敷。

 殺人現場では禁止されているタバコを勝手に吸い、被害者のチョークの印に合わせて身体を横たえ、被害者の最後の視点を見て事件を俯瞰する。捜査一課検挙率No.1で、状況により犯人を射殺することも厭わない。その激しい性格と世間からのバッシングもあり夫は娘を引き取り離婚。わがままで自己中心的。つまるところ「無駄に美人」とまとめたコピーは抜群の冴え。

 作者はテレビの脚本家が本職だが、本作品を書いた動機は、脚本ではない作品を書きたいから。そのキャリアのためか、たぶんに実験的な「とんがった」作品となっている

 まず「推理小説」という題名。推理小説のお決まりの定義をいろいろと提示しつつ、それらを「からかって」、また自らひっくり返して自由奔放に書いている。

 続いては劇場型犯罪の事件。連続殺人に警察への挑戦を添えて、マスコミも巻き込んで煽る。また事件の内容を書いた小説を出版社に対し「競り」に出す発想は、マスコミ内部の人間にしか出てこない。

 第3は連続殺人の動機。第1、第2の殺人は被害者と全く接点がない。相手に対して全く動機がない。劇場型犯罪を煽るためだけとしか思えない犯行。第3、第4の殺人でかろうじて犯人との接点があるが、それでも殺人の動機は全く窺えない。窺えるのは犯人の心の闇のみ。

 第4は本の構成。限られた構成で作られる書物の中で、活字の大小や書体の変化、段落の区切りやスペースの開け方、叙述者の錯綜など、できる限りの表現方法を試みている

 第5はマスコミ内部の裏話。出版業界や小説の各賞の内幕、「売れている本」の正体、そして「大御所」作家の実態やゴーストライターの存在など。

*次作は本作品の翌日が舞台となっています

 

 これらの試みは読み手の評価の分かれるところ。殺人事件の謎も本の題名に「名前負け」している感は否めない(小説の存在自体が物語のテーマなのでやむを得ないが)。その中で主人公の雪平が生き生きと活躍している姿が物語の軸を支えている。

 結局はドラマの原作となり、映像を見たあとシリーズを読むと、雪平は篠原涼子でしかありえないほどの存在感を持っている(但し最近のスキャンダルな話題は残念)。これもテレビ脚本家である作者の狙いか。

 シリーズは次作「アンフェアな月」では本作品の翌日が舞台に設定されていて、その後も時系列的に進んでいくが、作品は2~3年おきに発刊されている。その中には雪平自身とその家族にも影響を与える事件も出てくる。かといって「アンフェアな国」(2015年)のような社会ネタも入れ込んでいる。いろいろな意味でテレビ向きの作品である。

篠原涼子の演技は見事でした。