小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

6 殺人症候群(症候群シリーズ) 貫井 徳郎 (1995~2002)

【あらすじ】

 警視庁警務部人事二課の環敬吾(たまき けいご)は、警察が表立って動けない事件を処理する警視庁内の「影の特殊チーム」のリーダー。私立探偵の原田柾一郎、托鉢僧の武藤隆、肉体労働者の倉持真栄を配下にして影の任務を請け負う。今回は、一見無関係と思える複数の殺人事件に着目する。

 共通点は、未成年であったり、心神喪失など何らかの精神障害責任能力なしで無罪になったりの、刑法上の刑に服していない事件の加害者が被害者になっていること。その繋がりを三人のメンバーに命ずるが、倉持だけはなぜかその命令を断り、原田と武藤が請け負うことになる。

 同じ頃、看護婦の和子は事故に見せかけて若者の命を次々と奪っていく。

 

【感想】

 「後味の悪い小説を生み出す作家」として私の頭に刷り込まれている貫井徳郎。「慟哭」「修羅の果て」「愚行録」「灰色の虹」「新月譚」など、読後にため息の出るような「感動(心を動かす)」を与えてくれる作品が多いが、本作品はその中でも特に後味の悪い作品の一つ。

 作者によると、岡嶋二人の名作「眠れぬ夜」シリーズで活躍した「捜査0課」を利用して影の特殊チームを設定した話だが、そこは「貫井流」の味付けが施されていて、全くの創作作品に仕上がっている。「症候群」シリーズは全3作。

 第1作「失踪症候群」は原田が主人公で、若者の失踪事件を追いかけるが、失踪者は不自然に住所と転々と変えていることがわかる。

 第2作「誘拐症候群」は武藤が主人公で、当人が払える限界額の金を要求する誘拐が多発(誘拐の薄利多売?)。かなり考え抜かれた計画を影のメンバーが追いかける。

 

 そして本作品だが、題名通り「殺人」が何度も発生する。特に未成年が犯す殺人は救いがない。殺人を犯したのに様々な理由で反省せずにのうのうと、被害者家族の感情を逆なでするように生きている犯罪者。それに対して、法で裁けないならば、と同じ犯罪被害者の遺族が、同じ立場の遺族の代わりに復讐を「代行」する。「必殺」シリーズならば舞台が江戸時代で何とかわかるが、現代に置き換えると完全に修羅の道で、救いも終わりも見えない。1つの殺人事件が被害者家族をダークサイドに落ち込ませる。

 現実社会では本作品の9年後、大津市の中学校でいじめによる自殺事件が起きる。最初は自殺として警察も片づけたが、教育委員会と学校側の隠蔽もあって社会的な批判も高まり、結局は事件として捜査された。そんな世論の後押しがあっても「少年審判」としては、暴行などの容疑は立件するも「自殺」といじめとの因果関係は立証できなかったとしている(民事訴訟では、請求額から大幅に減額されたが、一応請求は認めた)。現実でも被害者遺族の感情は救われないが、これも「法治国家」の1つの姿だとも言える。

 少年犯罪絡みと並行して、看護師が若者の命を次々と奪っていくもう1つの「症候群」も進行する。サイコ犯罪者ならまだわかるが、普通の人と思える人間が人を次々と殺していく、その動機が痛ましい。2つの殺人症候群とも作者はその動機がやむを得ないように、巧みな筆致で描いて読み手に「どうだ」と提示する。「仇討ち」は明治の文明開化で禁止されたが、果たしてそれでいいのかとさえ思えてしまう。

 そしてもう1つ、影のメンバーの一人である倉持の過去にも繋がる。彼もまた妻子を犯罪で殺された被害者の家族で、「仇討ち」側の心境に同情し、環たちのチームと対立することになる。

 「他人の命を手にかけた者に 幸福な末路などあり得ない」と語られる通りに、三者三様の結末は、それぞれ違う形での悲劇を迎える。この症候群シリーズで本作品はかなりの長編だが、一度手を取るとその長さを感じずに読み終えることができる。

 しかし余りに悲惨で、途中で本を閉じる人もいるでしょう

 「後味の悪い小説を生み出す作家」貫井徳郎の手腕が、余すところなく発揮された作品。