小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 エチュード(警視庁捜査一課・碓氷弘一シリーズ) 今野 敏(1996~)

【あらすじ】

 渋谷のハチ公前広場で発生した通り魔事件。衆人環視の中、警察は犯人とは別人の被疑者を捕まえ、真犯人は取り逃がす失態を犯す。被疑者は協力者によってすぐに取り押さえられるが、協力者のことは誰も覚えていない。思い出してみると被疑者の顔が浮かんでくる。

 その後新宿で、そして再度渋谷と三度も同様の事件が起き、真犯人は逮捕できない。この不思議な事件を、警察庁から来た心理調査官、藤森紗英がベテラン刑事から好奇の目に晒されながら、プロファイルを駆使して真相に迫る。

 

【感想】

 シリーズの最初「触発」は1996年刊行だが、本作品は4作目で刊行は2010年と、発刊のサイクルはずいぶん空いている。そして今回は碓氷警部の相棒として、本庁から心理捜査官の藤森紗英を呼びよせた。

 このシリーズの主人公は碓氷警部。有能だが余りキャラの濃くない存在はこれまた「ご飯」のような存在。ところが本シリーズは毎回「主菜」を変えて捜査をする特徴がある。外部のプロと碓氷が協力して捜査を進めるのだが、そのプロがけっこう「コッテリ」していて、時に胃もたれしそうになることも(笑)。

 

 第1作「触発」は自衛隊から爆弾処理のスペシャリストを招く。

 第2作「アキハバラ」は当時ハシリのハッカーに協力を仰ぐ。

 第3作「パラレル」では今野敏作品に登場するお祓い師が登場。

 第5作「ペトロ」はペトログリフ等を専門とする考古学者と協力して謎を探る。

 そして本作品と第6作「マインド」は若き心理捜査官を招いて、支えながら捜査を進める。

 

 碓氷はプライドが高い捜査陣の中で、プロを支え、プロの意見を取り入れる役割を演じている。この点は作者の多面な知識を活かしたシリーズにしているのだろう。それぞれの分野の専門知識も半端なく描かれ、碓氷もそれを理解しようとしている。作者今野敏が書きたいテーマの「触媒」の役割を碓氷に負わせている。

 本作品もキャリアの美人警察官(それにしても今野作品は、美人のキャリア警察官が多いなぁ)の、ちょっと対人恐怖症気味な性格で、時に女性としてのやっかみや色眼鏡の視線から守って、支える役割。そして作者は心理学も相当突っ込んで調べ上げて捜査に応用している。途中出て来る藤森捜査官による「実験」は、視点を一つに注目させて油断させ、その実、裏で真の「取り替え」を行う、どちらかというと手品のようなものだが、「先入観だらけの」男性捜査陣に一矢を報いて自分の存在を認めさせることに成功する。

 

*碓氷警部のユースケ・サンタマリアはともかく、藤森紗英の相武紗季は適役でした。

 

 事件そのものの謎も読者を掴む。なぜ警察は間違えた犯人を捕まえるのか。そして被疑者が犯人でないと分かった時、協力者の顔が浮かばないのはなぜか。そしてなぜ同じ犯行を繰り返すのか。
 藤森心理捜査官による犯人の誤認と協力者が「顔がない」理由の推理。真犯人のプロファイリングと次回犯行現場の「予測」。そこに「現場」の意見を合わせて「予測」を具体化する碓氷。そしてその裏をかく真犯人。一度は犯人と接触するが取り逃がす失態を犯し、藤森捜査官の立場も捜査本部で危ういものになってくるが、それを碓氷が支えて途中諦めることなく真相に迫る。緊迫する「知的ゲーム」の中霧が晴れて現れる真相は痛ましく、エチュード「練習曲」の意味も心にしみわたる。そして藤森と碓氷の別れの場面は、仕事をやり遂げた後の「同士」という感じで、スマートな対応だがちょっと微笑ましい。

 本作品で登場した藤森捜査官は第6作でも登場。本作品よりも前向きに、成長した姿を見せて、自ら碓氷とコンビを求め、積極的に事件解決に取り組む。

 安積、樋口、碓氷と似て非なる主人公を使い分けた3シリーズ。最初は主人公を分けた理由を「大人の事情(出版社が違う)」と思ったが、そこは手練れの今野敏。刑事物の王道あり、警察内部のしがらみをテーマにしたものあり、そしてプロを呼び寄せての事件を掘り下げるものありと、見事に役割分担している。

 

*第2弾は、相武紗季の後輩として志田未来が登場しました。