小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 死の接吻 アイラ・レヴィン(1953)

【あらすじ】

 本作の主人公は、貧しいが美貌に恵まれた野心家の青年で、財産目当てに大富豪の3人の娘を次々と手玉に取って、のし上がろうとする。第1部「ドロシイ」は末妹。彼女は19才で同じ大学の学生。交際中に彼女の妊娠が発覚してしまう。学生の身でそんなことを厳格な父に知られたら、財産目当ての結婚に支障が出る。結婚を望むドロシイに今回は子供を堕胎して家族に祝福されるよう説得するが聞き入れてもらえない。そのため計略を図り、彼女を自殺と見せかけて殺害する。この部分は倒叙形式で、しかし犯人の名は明かされず物語が進む。

 第2部「エレン」は次女。妹ドロシイの死に不審を感じ、いろいろと聞き込みをするうちに、その不審は確信に変わる。だが犯人と思われる候補者は二人いた。さて犯人はどちらか、とこちらは本格的なミステリー形式で進んでいく。そして第3部「マリオン」は長女。青年の野望は実現するのか。

  

【感想】

 まず構成が見事。先に挙げた「試行錯誤」では章ごとに作風を変えてきたが、本作品は第1部が倒叙形式なのに犯人の名が明かされないため、真相を知っているのもかかわらず読み手は第2部の主人公「エレン」と一緒に犯人を推理することになる。「どんでん返し」を経たあと、第3部では重厚なつくりとなって読者を何度も楽しませてくれる。作品の隅々まで考え込まれ、作り上げたあとが感じられる。

 3人の姉妹は厳しく躾けられて育ったようだが、このような男にひっかかってしまうのはちょっと残念。それだけ男の「外見が」魅力的なのか、それともオトコの中身を見抜けないのか、と思うのはモテない男のひがみか? ただこの悲劇的な事件と通して、直接は会わない3姉妹の見えない「つながり」を感じてくる。

 その3姉妹を育てた父親もまた存在感がある。立て続けに2人の娘が死に、残る1人がすぐ婚約するのはどんな心境だったろうか。そして真相を知った時の思い。事業で成功している人物は、自分の成功体験から自分の思いとおりにいかないと激高する傾向がある。その父親と「犯人」との対決が大きな見どころになっている。

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 そして主人公の青年。野心家のところは本作品の2年後に刊行された「太陽がいっぱい」を思い出させる。但し計画的で緻密な印象がある反面、「太陽がいっぱい」の主人公に比べストイックさが足りず、自分の都合の良いようにとらえるのはちょっと物足りない(犯罪者とは、しょせんそんなものか)。いずれにしても、1回失敗してしかも相手が亡くなったら、その姉妹(関係者)とは離れるのが普通の感情だと思うが、更にアタックし続ける姿勢とメンタルはある意味すごい。

 ところが最後には、そんな疑問も全て「なぎ倒す」切ないエピソードで締めている。先に取り上げた「ポケットにライ麦を」や、「灰色の虹」など、読後の「無常観」を読み手に与える、最後の最後まで、神経を行き届かせて作り上げた名作。

 作家アイラ・レヴィンは、本作品を処女作として作家活動を開始したが、戯曲を活躍の場としたためか寡作で、小説としての次作は本作品の15年後(!)に刊行された「ローズマリーの赤ちゃん」。サタン(悪魔)をテーマとしたこの作品が、のちの「エクソシスト」や「オーメン」など、サタンをテーマとした風潮が広がる契機となったことに後悔したという。本作品を書いた作家ならではの思い、か。

 

*本作品の「15年後」に書かれた次回作は、センセーショナルを巻き起こした。