小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 幻の女 ウィリアム・アイリッシュ(1942)

【あらすじ】

 スコット・ヘンダーソンはキャロル・リッチマンと不倫関係を続いており、その日は妻のマーセラに、離婚を申し出るつもりだった。しかし、マーセラは話し合いを拒否する。激昂したスコットは家を飛び出して、バーで知り合った異様な帽子を冠った黒いドレスの女性を誘って劇場へ行き、食事をしてから深夜前に女性と別れ、家に戻った。家にはバージェス刑事らがいて、スコットを逮捕した。家ではマーセラがスコットのネクタイで絞殺されていたのだ。

 スコットは「幻の女」と一緒にいたと主張したが、事情聴取を受けたバーテンダーらは、スコットは目撃していても「幻の女」のことは知らないと証言した。このため、スコットは有罪が確定し死刑の宣告を受ける。

スコットの友人ジャック・ロンバートとスコットの愛人であるキャロルは、スコットの死刑を回避するために「幻の女」を必死で探すが、関係者たちは不審な事故に遭い、次々と死んでいった。

  

【感想】

 あまりにも有名な冒頭部分。「夜は若く、彼も若かったが、夜の空気は甘いのに、彼の気分は苦かった」。これに比肩する文学作品は、日本では平家物語川端康成の雪国か、と思わせるほど印象深い。冒頭部分だけでなく、全体的に抒情的な雰囲気に覆われている。そして愛する2人、別れる2人をモチーフにして、「幻の女」を追い求めるストーリーがその雰囲気と溶け合っている。

 スコットの妻が死体で発見されてから、今度は主人公の「死刑執行」を睨むタイムリミットの緊張感が物語の軸線となる。「死刑執行前●日」と、だんだんとカウントダウンされていく章題が緊張感に拍車をかける。必死に「幻の女」を探すジャックとキャロル。そして先回りしているかのように重要な証人が次々と「消されて」いく。そのスリルは主人公スコットの絶望感を想像させる。

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              *映画「幻の女」より(下の画像も)

 

 そして死刑執行当日、ようやく「幻の女」を探し当てる。友人のジャックは勢いこんで、スコットの無実を証言するように依頼する。同意した「幻の女」を車に乗せて、死刑当日の刑務所に向かう。果たして死刑執行に間に合うのか、手に汗を握る・・・。

 死刑執行をタイムリミット物にした小説は、クイーンの「Zの悲劇」(1933)、「処刑六日前」(1935)と先行して世に出されているが、本作品は先行作と全く違うテイスト。真相はどんでん返しを用意していて、それまでの流れを裏切る場面に背筋が凍る思いにさせられる。ミステリーとしての完成度も高く、そして小説としての読み応えも充分。

 冒頭部分に象徴される抒情的な文章に包まれる中、繰り広げられる見事なプロットとどんでん返し。幻の女の「正体」も合せて驚愕の効果を高め、他に真似できない孤高の存在感を生み、ミステリー界で異彩を放っている。その意味からも一読するに値ある作品。

 作者のウィリアム・アイリッシュコーネル・ウールリッチの名前で創作活動をしていたが、アイリッシュ名義で発刊された本作品が、江戸川乱歩の激賞もあって評判を呼んだため、日本ではアイリッシュでほぼ統一されている。アイリッシュは、同じくタイムリミット物を取り扱った「暁の死線」や、記憶喪失の間に殺害を起こしたとされる真相を追い求める「黒いカーテン」、そして映画化されて有名になった「黒衣の花嫁」や「裏窓」など、印象的な作品も多く著わしている。

 

・蛇足① それにしても警察の捜査は、見事なのかぞんざいなのか・・・(主人公が可哀そうすぎる)

・蛇足② 第二次世界大戦中にこのような小説が発刊されるとは、アメリカも懐が深い。これでは日本が戦争で負けるのもムリはないか・・・・ 

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