小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

9 葬儀を終えて (ポアロ:1953)

【あらすじ】

 富豪アバネシー家の当主リチャードの葬儀が執り行われた。遺産の大部分はリチャードの弟に譲られると思われたが、弟と亡き弟の妻、妹、甥、2人の姪に6等分されるという内容だった。それを聞いて妹のコーラは、喜びつつも小首をかしげて無邪気に言い放つ。

 「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」

 コーラは、頭が少しおかしいと言われていたが、結構核心をつく発言をする印象があった。そのため、その場では受け流されたが、参列した皆に疑念が広がった。

 その翌日、コーラが自宅で斧により殺されているのが見つかる。家政婦の証言によれば、リチャードは死ぬ3週間ほど前にコーラを訪ね、何事かを話していたとのことであった。

 アバネシー家の代理の立場として真相を知りたいエントウイッスルは、エルキュール・ポアロに調査を依頼する。しかし、その矢先に家政婦の毒殺未遂事件が発生する。

  

【感想】

 「死との約束」と同じように、冒頭の一言が物語全体を覆う作品。これが最後まで活きる。

 リチャード家の家系図をまず見せて、そして家主の死去から遺言状の公表と続く。まるで「葬儀のように」古典的なミステリーの儀式を遵守しているかのように見える。

 一族の様子も、秘密を隠すもの、遺言状に疑問を持つもの、そして陰謀を図るものなど、「死との約束」と似ている。というより本作品は当主が死んでからの話になるので、イギリス版「犬神家の一族」か。

 事件は序盤から立て続けにおきる。葬儀の翌日にコーラが殺され、その後もコーラの家政婦が毒殺未遂される事件が起きる。一族の人間は右往左往してかつ怪しい秘密を持ち、そして企みを画策しているため、殺人事件と「ただの事件」が錯綜して全容が見えない。

  そのため動機もいろいろと考えられて1つに断定できない。ようやくポアロが現れて捜査を開始するが、最後の「ヘレン殴打事件」でようやく推理の材料がそろう。その手がかりは何を意味するのか当初はわからないが、後から見事に輝きを見せる。また全く関係ないと思われる調査を行なうが、これもポアロは「抜かりなく」裏付けを取る。

 そして関係者一同を屋敷の書斎に集めて、改めて古典的なミステリーの儀式に乗っ取った真相披露の場面が始まる。

        f:id:nmukkun:20210704102801j:plain

 

 これも見事にやられました! 最初の犯人の行動は、トリックというより「黒後家蜘蛛の会」に出て来るような「錯覚」を利用したものだが、「古典的なミステリーの儀式」に乗っ取ったかのような作品の雰囲気もあって、最大限の効果を発揮している。そしてそれを見破るポアロの着眼点もさすが。相変わらずクリスティーの、読者の心理を読み切ったミスリードの作法と、全く予測していなかった方向から真相が「突き刺さって来る」その瞬発力はみごと

 それにしてもこの犯人のアイディアと実行力。そしておそらく、あることをきっかけにして瞬時に計画を立案したであろう、その発想と決断力は素晴らしい。

 これだけのものを持っていれば、最初から自分の「夢」に向かって歩んでいっても成功を収めたと思うのだが・・・・