- 価格: 628 円
- 楽天で詳細を見る
【あらすじ】
友人のエルキュール・ポアロから誘いを受け、再びスタイルズ荘に訪れることになったヘイスティングズ大尉。しかし歳月は流れ、老朽化したスタイルズ荘と老いた2人。
ポアロはヘイスティングズに5つの事件ファイルを見せる。殺人事件で犯人が逮捕されている事件もあれば、自殺と断定されたものもある。しかしポアロは、この5つの事件はひとりの人物によって行われたものと説明し、そしてその「X」はスタイルズ荘に滞在しているとも告げる。しかしそれが誰だかは明かさないポアロ。そして不穏な空気が流れる中、事件が起きる。
【感想】
ポアロ最後の事件。但しこの作品が書かれたのは1943年と言われている。「五匹の子豚」など、人間関係のミスディレクションを中心とする傑作を連発していた時代に、後期の作風を、そして21世紀を見越したような作品を書いたことにまず驚かせられる。
私があまり好きではない(笑)ヘイスティングズの語りも、年老いて落ち着いたものになっている。「ゴルフ場殺人事件」で思いを遂げたシンデレラ嬢も既になく、代わりに娘のジュディスがスタイルズ荘に滞在していて、なかなか難しい父と娘の関係を描いている。そしてその父親の感情が、1つの「事件」も引き起こす。この辺、ヘイスティングズの役割は昔とあまり変わらないのか・・・ とは言え、この「事件」が、ポアロが計画していたことを実行に移す後押しの1つになったであろう。
そして「X」の正体。自分で手を下さなくても、周囲の人間の心に巧みに疑心暗鬼を植え込み、ある方向に導こうとする人間。一種の操りで、ミステリー史上数々の名探偵が対峙し、どうしても勝てない類いの人間。それは現代のネット社会で物事の一面だけで判断して、「正義」を振りかざして匿名で相手を「断罪」する(私も含めた)一般市民とも通じるものもある。昔から現代まで、自分の周囲に必ずいて、場合によっては自分が無意識にそのような存在になっていたかもしれない人間。
ポアロは犯人を知っていたが、それを明かすことなく死んでしまう。困惑したヘイスティングズに、4か月ほどたってからついにポアロ最後の告白書が届く。
逮捕されない「悪」。このままでは、その「悪」が増幅され、被害者が拡大していく。その時名探偵がとる道は何か。ポアロは「オリエント急行の殺人」で裁判官の役割を果たした。ではこの「犯人」に対してはどのような役割が必要なのか。
クリスティーは特に後期、犯人の動機について様々な考察を行い、そして提示してきた。またちょうど、クリスティーが本作品を書いてから発表するまでの間、エラリー・クイーンは「悪の起源」で、本作品と共通すると思われる「悪」と対峙し、クイーンなりの「悪」への対応を描いた。クリスティーとクイーン。巨匠2人がたどり着いた「悪」は、21世紀に向けた現代への「予言」だったようにも思える。
本作品の舞台、懐かしい再訪だったはずのスタイルズ荘をクリスティーはポアロ最後の事件の舞台とし、そこに究極とも言える「悪」を用意させた。ポアロにとって、そしてクリスティーにとって、スタイルズ荘は「ライヘンバッハの滝壺」だったのかもしれない。
クリスティーと共通する(?)クイーンが描いた「悪」