小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

江戸時代に住みたい場所「庄内藩」(山形県鶴岡地方)

今週のお題「住みたい場所」

 

 転勤族でいろいろと転居してきたけど、結局住めば都。やっぱり今住んでいるところがいいね~。で今回のテーマは終わり(笑)。・・・・これでは話が始まりません。

 子供の頃は「いつ」住みたかったかといろいろ頭を巡らせていたもの。 戦国時代や幕末に、歴史を知って生まれ変わった場合はどこでどのタイミングがいいのかと、妄想をしていました。

 年を重ねて社会人を経験するといろいろな知恵もつき、そして己(おのれ)も知るようになり、そんなのはまさに妄想と思えるようになりました。戦国時代は出世の登竜門とも言えた織田軍団も、今から見ればブラック企業の最たるもの。幕末の志士も命がけで途中「非業の死」を遂げる者も多く、ましてや毎日命をすり減らしてまで藩や国に仕えることなど今の私にはできやしません。時代が変わっても私のご先祖様のように、農民としておとなしく暮らしていったのだろうと思います。

 

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  (荘内神社。昔から地域名として「庄内」が使われていますが、特に明治以降、団体名などは「荘内」が使われているそうです)

 

 では農民として住むにはどこがよかったか。昔はそんな自由に身動きできず、大半は生まれた場所で一生を終えるものであり、その生涯も左右されました。そして領地によって年貢も倍くらい違っていたそうです。また時に農民の苦労も知らず「搾取」ばかり行って(昔も今も同じだね)、そのため貧困に苦しみ、農民は命がけで一揆を立ち上げる所もあります。

 そんな中、農民が領主を「替えないで欲しい」と訴えた事件がありました。天保11(1840)年、前将軍で大御所の立場にいた徳川家斉が、自身の53人中24番目(!)の子供である川越藩主が財政破綻になっている状況を打開するために、時の老中水野忠邦に命じて、川越藩を庄内へ、庄内藩を長岡へ、長岡藩を川越へ転封するという3方国替えを、それぞれの藩へ命じます。表向きの石高は変わらないが、庄内藩の実収は20万石以上あったから、旧川越藩財政破綻を回避することができる反面、庄内藩酒井家は長岡の7万石に移される。何も「お咎め」を受けることをしていない譜代藩にとっては、受け入れられない話です。

 このため庄内藩では様々な伝手を使って何とか翻意してもらおうと画策しますが、幕府の命は重い。そんな中、庄内地方の領民たちもこの国替えに反対して、江戸へ嘆願に出たり、領内で一揆に似た示威運動を行うことになります。天保12年(1841年)、11人の領民らは、五組に分かれて幕臣の要人たちにそれぞれ籠訴(通行中の籠に直訴する)して捕らえらました。訴状の中身を改めると、藩主との離別を歎き転封撤回を嘆願する内容。従来の直訴は藩政の非を訴えるものが多く、藩主を擁護する直訴は前代未聞として、江戸市中に庄内藩への賞賛と同情が集まります。外様大名からも同情が集まり、大御所家斉が死亡すると幕府の措置に反対する声も大きくなり、最終的に幕府は転封命令を正式撤回します。

 

  

  天保義民事件と呼ばれる一連の出来事を藤沢周平は「義民が駆ける」という題で小説にしました。藤沢周平は自分の故郷で起き、そして自分の先祖も影響を受けたであろうこの事件を「美談」だけでは終らせませんでした。国替えによる年貢の増加などを危惧した農民たちが、藩主との離別を歎くことは「作戦」の1つとして取り扱った「したたかな」面も描いています。とは言え、命がけの行動まで行うのは、それまでの生活そして領主に満足感があったからこその「事件」でしょう。

 庄内地方は平野が広く肥沃な土地で米作に適していて、富裕だったと言われています。生活の満足度は高かったのでしょう。藤沢周平は明らかに庄内藩をモデルとした「海坂藩」を舞台とした、人の機微に触れた作品を数多く手がけています。そして藩主が交代すると聞くと、このような行動までとる。江戸時代の農民ならば、こんな場所に住みたいものです。

 藤沢周平は同じ山形県米沢藩上杉鷹山財政破綻から立て直すために、領主自らが汗を流して部下との争いまで起こしながらの尽力を描いた「漆の実のみのる国」も発刊(但し絶筆作品)。過酷な年貢で苦しめられた時代から、藩主の力で少しずつですが財政再建が実り、領国が豊かになっていく姿が書かれています。

 このように土地や領主によって余りにも生涯が異なる領民たち。究極の地方自治と思える江戸時代の幕藩体制の下、その治世に満足を得ることができることが一番。そしてそれは、現代における世界と各国の政治でも変わりません。多くの人が現在の生活に満足できる「治世」を期待しています。

(記事のスタートから見て、着地点がかなり離れてしまいましたが、これがブログの良いところ ♪ )