小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 パディントン発4時50分(マープル:1957)

【あらすじ】

 マープルに会いに行くためにパディントン駅発4時50分の列車に乗ったマギリカディ夫人は、隣の線路を並走する列車の車窓に男が女の首を絞めて殺している瞬間を目撃した。マープルは2人で警察に事件の経緯を話したが、警察の捜査では列車内はおろか線路周辺でも死体は発見されなかった。

 ミス・マープルは、殺人犯は列車内で絞殺した死体を列車から投げ落としたと考え、線路が大きくカーブする地点にあるクラッケンソープ家がその場所であると推理し、旧知の家政婦のルーシー・アイルズバロウに死体を捜すためにクラッケンソープ家の家政婦になってもらう。家政婦としてもぐり込んだルーシーは、数日後、納屋の中の石棺に死体を発見した。

 死体が隠された状況から、犯人はラザフォード・ホールの敷地や状況に詳しい人間であることは間違いなかったが、被害者について誰も見覚えはなく、動機が不明のため捜査は一向にはかどらない。

 

 

【感想】

 家政婦のルーシー・アイルズバロウが非常に魅力的に描かれている。元々優秀(オクスフォード大学数学科主席卒業!)だが、当時の問題を「家事労働力の不足」ととらえ(現代のシルバー産業の人手不足にも通じている)、完璧な家事請負人になったという非常に凝った設定。家事は万能でビジネストーク(?)にも秀でて、上はおじさまから下は子供まで、男女を問わず愛されつつも、様々な誘惑はサラリと受け流し、「潜入捜査」で探偵まがいのことも行う。これは是非シリーズ化して欲しかったが、登場が本作品のみのようなので残念(主役が食われてしまうからか?)。

 冒頭はキャッチーな場面から入る。並走する列車の車窓越しに見た殺人現場、と、J・D・カーの有名作をトリビュートしたような設定(そしてヒッチコックの映画「裏窓」も自然と連想する)。友人の話を聞いたマープルは捜査と推理を開始。線路が大きくカーブする地点に目星をつける、ホームズ物の有名作をトリビュートしたような推理から、ルーシーに「潜入調査」を依頼する(念のためですが、「トリビュート」したシーンは両方ともクリスティー流にうまくアレンジしていています)。

 ルーシーの活躍で死体は発見されるも、死体の身元はなかなか判明しない。そのためクラドック警部の捜査もなかなか事件の全容がわからないもどかしさがあるが、そこはルーシーの活躍で埋めてくれる。クラッケンソープ家の「いつもの」一癖も二癖もある一族につかず離れずで情報を取っていく。ルーシーはやや小悪魔的な役割も演じて情報をいろいろと収集することに成功し、事件の背景をいろいろと考える材料になる。

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 ルーシーと並行して捜査するクラドック警部の地道な尽力もあり、被害者の身元が判明すると、ようやく事件の全容が見えて来る。材料がそろったところでマープルの出番となる。関係者一同を集めてマープルが演じる、職業意識を逆手に取った一芝居を、犯人の解明に持ってきたのは見事。これはポアロが演じるのは想像しづらい。

 「アガサ・クリスティー完全攻略」では、この一芝居を刑事コロンボのひっかけを例えていたが、私は映画「大脱走」の名場面を思い出した。フランス人に偽装した英国軍人が、得意のフランス語で尋問を見事に突破するも、最後に「Good Luck」と声をかけられ「Thank You」と思わず返事をして、正体がばれてしまう場面。仰々しく演説するわけでない肩の力を抜いて最大限の効果を発揮する、いかにもマープルらしい決着の仕方で幕を閉じている