小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 北条政子  永井 路子 (1969)

【あらすじ】

 北条政子は伊豆の小さな豪族、北条時政の娘。女性として人並みの容貌を備えているつもりだが、男性とは縁遠いまま21歳まで年を重ねてしまった。そんな政子の在所の近くに源氏の嫡男、源頼朝が配流されていた。幼少期は京に育ち右兵衛佐に任官した経歴もあり、周囲の田舎侍とは異なる品格を有する頼朝に政子は魅了される。

 

 ところが政子の父北条時政は平家全盛の世に、一介の流人と一緒になることを認めない。しかも時政は、ちょうど一緒に京の任務を終えて戻った平氏目代山木兼隆との縁談を用意する。けれど政子はそれを蹴って、雨の中を走り一山越えて頼朝のもとに飛び込んでいく。

 

 その2年後、以仁王の令旨が伊豆に届く。頼朝にも平家追討が命じられ、頼朝のそして北条家の運命が動き出す。一介の流人である頼朝に、味方は政子の父時政しかいない。追い込まれた頼朝は時政を頼りに挙兵するが、最初に狙うは政子の縁談相手であった山木兼隆。それから紆余曲折を経て関東の武土団が頼朝の傘下に収まり勢力を拡大、その勢いで平家討伐を果たして東国の棟梁の座に就いた。

 

 それでも純朴な、地方の田舎娘の感覚が抜けきらない頼朝の妻、政子。判断基準に政治的な駆け引きは眼中になく、一人の女性が人を愛する姿を見るとその気持ちを尊重し、そして手助けしたくなる。長女大姫の幼い恋が破れた時は、その思いを汲んで姫を逃そうとした。義経に付き従って捕えられた静御前が頼朝の前で義経への思いを込めて舞を披露した時は、静御前を助けようとする。

 

 愛する頼朝は53歳であっけなく死んだ。残された43歳の政子は18歳の頼家、15歳の乙姫、8歳の実朝をかかえる母に戻る。前年に長女の大姫は病死していた。その直後乙姫が死ぬ。

 

  北条政子像(読売新聞より)

 

 政子は死者と向き合うことになる。しかし2代目将軍となった長男頼家は、家臣を信用せず、蹴鞠三昧の毎日で将軍職を全うとしない。やむなく12歳の実朝を3代将軍に立てた。しかし実朝もまたかなりの病弱で、和歌の好きな青年にすぎなかった。一方頼家はなかば幽閉同然の修善寺で、23歳で死んだ。

 

 政子は一心不乱に神仏詣でをする身になっていった。園城寺に修行していた頼家の遺児である10代の公暁を鎌倉に呼んで、実朝の心身を慰めるため鶴ケ岡の別当にした。対して将軍実朝は武士団の土臭いものを嫌悪して、貴族化していく。

 

 そこへ悲劇が重なる。実朝が頼家の子で政子の孫にあたる公暁に殺された。63歳で全ての子を失い、荘然とする政子。残された使命は、鎌倉3代の菩提を弔うこと。「火は燃えつづけるのだろうか、私の生きるかぎり‥‥」というふうに。

 

【感想】

 3代将軍実朝の死後、京から迎えた幼い4代将軍の代行として尼将軍と呼ばれるよう-になる北条政子。そして弟の北条義時が朝敵とされた承久の乱に際し、集まった御家人たち「故右大将(頼朝)の恩は山よりも高く、海よりも深い、逆臣の讒言により不義の綸旨が下された。~中略~ただし、院に参じたい者は直ちに申し出て参じるがよい」に傲を飛ばした有名な演説を本作品では描かなかった。

 主題は妻として、そして母としての北条政子。貴族とはかけ離れた田舎育ちの純朴な娘。結婚してからも都流の女性関係を求める夫、頼朝に対して「大人の対応」などに頭は回らない。夫婦喧嘩になるが、なまじ権力があるために家臣を巻き込み、柏手の家を打ち壊すほどの大騒ぎとなるところが可笑しい。その派手さから政子のイメージが固まるが、昔の風習では「女いくさ」として、相手の家の台所を打ち壊すこともあるので、その延長線上であろうか。

 表面だけ見ると、自分の子や孫を次々と犠牲にしてまで北条の家を、そして東国の支配権を守ったと考えていた北条政子だが、本作品ではまるで異なる印象で描いている。当時「上流階級」では、子供は母親ではなく乳母の元で育てられ、そのまま乳母の一族が力を持つ。田舎の娘出身なのに夫が望外の立場に上り詰めたばかりに、子供たちが自分の元から離れて育てられ、周囲の奸計に振り回される。

 

    

 *政子の子、2代将軍頼家(左)と3代将軍実朝(ともにウィキペディアより)

 

   但しその運命は、流人だった頼朝が東国で反旗を挙げた時から定まっていたもの。東国の土着した武士団を掌握するために武士団を尊重し、頼朝は敢えて官位に近づかなかった。その意に反した弟の義経を頼朝は死まで追いつめた。ところが2代目将軍の頼家はその武土団をないがしろにして、3代目将軍の実朝は宮中文化に入り込み、土着勢カそのものを嫌悪する形に育ってしまった。

 そんな「子」を巻き込んで、執権北条家と乳母の一族による御家人同士の権力争いが、政子の手を離れて勃発する。長男頼家は乳母の御家人比企家一族に育てられ、比企家が幕府内で権力を握ろうとする。そして3代将軍実朝を暗殺した公暁の黒幕は、やはり公暁の乳母である三浦一族永井路子は推定した

 子供たちの死で小説は終わったが、ここから先の政子がいわゆる尼将軍の日々になる。4代将軍は摂関家から求めたわずか2歳の将軍で「飾り」でしかない。しかし頼朝以降の将軍に東国の武士団が何を求めたものを「露骨に」表わしている。当然、北条家が執権として権力を握ることになる。

  しかし後鳥羽上皇側からみれば、もはや北条家が政権を私(わたくし)にしているとしか見えず、北条義時を朝敵として承久の乱を起こす。動揺した御家人たちは政子の演説で収まり、後鳥羽院側は敗退し隠岐に流された。

 そのあと義時が亡くなる。政子は甥の泰時を執権に就かせて戦後処理のすべてを整えると、気絶したまま息をひきとった。

 

  

 *「鎌倉殿の13人」で時代劇に現代風を交えた「ハイブリッド北条政子(?)」を好演した小池栄子

   しかしこんな設定は希少で、今後演じる役があるのか心配です (^^) (NHK)