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【あらすじ 巻の参 震星】
得宗の北条時頼が若い嫡子時宗を残して世を去る。そんな中不気味な予感を思わせる長い尾を引く彗星が現れ、また次々と不思議な現象が起きる。世が騒然とする中、不安を煽る日蓮上人は佐渡へ遠流を命じられ、その途中で殺害を企てられるが、奇跡によって一命を取り留める。幕府では北条一族の長老がその地位を狙い、また皇族将軍も反旗をちらつかせる。たび重なる試練が若き時宗を襲う。
その上兄時輔との確執が時宗の心に陰を落とす。優れた武カと才能を持つ、常に敵わない存在の兄だが、母の身分が低いために嫡子とは認められない。兄時輔は時宗に対して複雑な思いを持ち、弟時宗は兄を部下として従属させなければならない。そんな時宗の立場を察した時輔は、ある決断をする。
その頃海を越えて1通の国書が届けられた。すでに高麗を手中にしたクビライは次の狙いを日本に定めた。文書に協調の姿勢は感じられず、いずれ来る蒙古車の襲来に国を挙げて戦うしか選択肢はない。執権としての経験の乏しい時宗は、いかにして国をまとめ、大蒙古軍を迎え撃つか。時宗は国家存亡の危機に瀕して、叡智を結集して着々と準備を進めて行く。
【あらすじ 巻の四 戦星】
ついに蒙古軍が襲来する。対馬沖に現れた3万数千人の大船団。だが文永の役では蒙古軍は時宗の戦略を見透かしたかのように深追いをせず、示威行動に満足して早々に引き返してしまう。
国の命運を賭け、執権時宗は父時頼から伝えられた戦術を基に知略を絞る。奮戦しつつも敢えて負け戦を繰り返し、蒙古軍を陸に誘い込む。日本軍が最初から抵抗すると、船団が日本海に沿って渡る可能性がある。そうなると防御線が広がり軍勢が集中できず、その隙を突いて敵か京に一気に侵入する恐れがある。
但しそのためには「本気」で負けるために壱岐や対馬、そして博多で守備をする軍勢をも犠牲にする必要がある。その 「負け戦」を時宗は御家人たちに信念を持って説得して納得させる。
死んだと見せかけた時宗の兄時輔は、高麗の首都開城から元の首都大都に足を伸ばして諜報活動を行なっていた。マルコ・ポーロを通じてクビライに日本が黄金の国であり、大宰府に多量の黄金が蓄えられていることを吹き込む。敵を太宰府に集中させることで時宗の作戦を支えようと考えていた。時宗らは主な沿岸に石の築地を築き、万全の防御態勢をとって元の襲来を待ち受ける。
弘安の役では、敵の失策(疫病の蔓延、合流策の矢敗)にも助けられて蒙古軍に快勝する。しかし勝因は「神風」ではない。蒙古という巨大勢力に立ち向かい、退けるための万全の準備と不断の努力、そして死を恐れぬ武者たちの結束力にあった。
【感想】
時頼の長男に生まれ、時宗よりも能力もあると自負しながらも母の身分が低いがために「嫡子」と認められなかった北条時輔。父時頼は敢えて時輔に対して「輔」という、嫡子時宗を「輔佐」する役割を名で示した。史実では時輔と時宗が権力争いを行い、時宗が兄時輔を処分して(二月騒動)得宗体制を強化することになっているが、高橋克彦はわずかに残る生き残った伝承を利用して、時輔に壮大な役割を与えた。
ついに蒙古軍が襲来する。強大な敵に立ち向かう宿命を若き時宗が担い、叡智を絞り出して戦略と戦術を立案する。歴史的に見ると「暴風による勝利」の一言で片付けられて、空白となった日本軍の作戦を、高橋克彦は決して偶然に終らせない綿密な構想で埋めた。
時宗が練った戦略は、多大な犠牲が必要になる。戦国時代の実直な三河武士や、関ケ原の戦いで島津軍が見せた「捨てがまり」のように、味方の命を犠牲にしなければならない。それだけの覚悟を「利権集団」で争いの絶えない鎌倉式士に強いることが必要になる。
そう考えると、本作品の前半を「タイトル」の時宗が登場せず、父時頼を終始描いたことも少しは理解できてくる。鎌倉幕府でどのように御家人の争いが行われたのか。執権・時頼はどう対処して、その過程を経て為政者としてどのような境地に至ったのか。その境地を時宗はどう受け継いだのか。
これは司馬遼太郎の「坂の上の雲」と同じく、日露戦争を描くのに明治維新から筆を起こす必要があったことと重なる。そして作者高橋克彦は北条時輔に、日露戦争においてロシアの革命を煽ったスパイ、明石元二郎の役割を与え、その名の通り弟の時宗を「輔けた」。
承久の乱から約50年後に文永の役が起き、弘安の役から50年後、鎌倉幕府は滅亡した。これも明治維新から40年後に日露戦争を迎え、終戦から40年後に大日本帝国が終戦を迎える「国家の運命」と同じ軌跡を描く。
18歳で執権職に就任し、24歳と31歳という若さで2度も蒙古襲来を経験する。心身をすり減らして作戦を考え、そして実行してこれを防ぎ、34歳にして燃え尽きたように早逝した執権時宗。高橋克彦は時宗の最期をまるで本作品の句点のように、兄時輔の目から静かに描き、時宗は元寇を防ぐ役割を担うために天から遣わされ、そして役割が去ると大急ぎで天に召されたと結んでいる。
西洋の歴史家にして評論家の塩野七生が、ヨーロッパも蹂躙したモンゴルの侵攻を止めることに成功し、その「世界的」活躍を褒め称えた北条時宗。歴史はこのように、自分の役割を果たすと「大急ぎ」で天に召される人物が数多く存在することで成り立っている。
他の高橋克彦作品はもとより、司馬遼太郎のいくつかの作品でもテーマとなった結びの言葉。いくつかの作品、何人かの人物を思い浮かべながら、この言葉に一番ふさわしい人物と思われる時宗に、思いを馳せた。
*本作品の大河ドラマで好演した和泉元彌。その後トラブルメーカーとして騒がれました。 残念!(NHK)