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【あらすじ③】~武田家滅亡と本能寺の変。そして半四郎は。
長篠の戦いから6年、姉川の血戦からは11年の歳月がたった。上杉謙信も亡くなり、信長の目の前には天下が開ける。足利義昭を追放し本願寺とも和睦して、長篠の戦いの勝利から一旦矛を収めて様子を観察していた信長は、満を持して武田家の領地に侵攻する。
勇将だが、信玄に比して領国支配や家臣掌握は明らかに劣る武田勝頼。長篠の戦いでの惨敗を跳ね返す無理な戦いは、苛烈な税を強いて家臣には休みを与えず、武田家から人心は離れていく。
信長が10万を超える大軍で武田領に攻め入ると、信玄の時代は結束を誇った武田家臣団が雪崩を打って離反していく。初戦の高遠城ではまだ武田軍の戦意が盛んで、織田軍の大将、長男信忠も手こずるが、信忠自ら戦いの戦闘に立ち自軍を先導する。危険にも遭遇するが「槍の勘兵衛」渡辺勘兵衛にも助けられて窮地から脱し、その成果もあって織田軍は結局1日で城を落とす。
その影で信長を恨む於蝶は、織田信忠を殺めることで信長の力を削ごうとする。しかし信忠と対面すると、信忠の持つ男としての魅力に「女」の性が取り込まれてしまう。けっきょく於蝶は信忠に味方し、早く信長を殺害して信忠の世になることに、目標に切り替える。
一方半四郎は明智光秀の軍勢に紛れ込んでいた。伴太郎左衛門と和解して織田軍の一角に食い込むとともに、於蝶側の企みでもある織田軍の動きを知らせるためでもあった。ところが明智軍は戦う間もなく武田家は滅亡してしまい、於蝶の企みもまた潰えてしまう。
武田家攻めを果たした織田信長は、中国攻めへと取り掛かる。そして半四郎が仕える明智光秀は反逆を決意して、軍勢を本能寺に向ける。織田信長は殺害され、そして於蝶が愛した織田信忠も、於蝶の手の離れたところで命を落としてしまう。
半四郎と於蝶は本能寺の変のあと、共に歴史を動かす1場面で役割を果たす。そこで於蝶は結果的に織田信忠の「仇」を討ち、忍びの世界から抜け出ることはできない。 対して半四郎は最後の仕事を機に、忍びの世界から足を洗う。
【感想】
織田信長が姉川の戦いから本能寺の変まで、天下統一に進み、そして挫折するまでの運命を、男女2人の忍びを通して描いた長い物語。織田信長が長篠の戦いからすぐに武田領に攻め込まずに自重する判断は、患部の膿が熟して切開するタイミングを見る名医と重なる。しゃにむに「国盗り」を目指す猪武者とは異なる、待つときは「泣くまで待つ」ことができる性格を見せている。
於蝶が前作から続いて忍びとして活躍しながらも、女としての長所と欠点を浮き上がらせている。対して半四郎という1人の忍びが、女の誘惑や男の魅力を通して、忍びの世界で自分の意思を持って、時に裏切る「洗脳されていない」姿を、「夜の戦士」と同じように描いた。
戦国時代で武勇を誇った武田家と織田家。その両家が次々と没落していく姿。その影に忍びの世界の計算があり、暗躍があり、そして計算違いが起きる。そんな裏面から見た池波正太郎による戦国盛衰記は、一般の歴史小説とは一線を画し、現代の歴史小説に所々で影響を与えている。
池波正太郎の筆による「忍び」のシリーズはまだ続く。主人の命には絶対服従で、命に替えてもその命令を遂行しようとする。「自我」を持つことはなく、敵に捕まれば口封じのために自分の命を犠牲にすることも厭わない。まるで軍部に強いられた兵隊のような印象をうける闇の世界を、池波正太郎は違った視点から光を当てた。
忍びたちが男女のサガに一時的に溺れることで本来の任務を果たせず、かえって裏切ってしまう判断もする。時と場合によっては「抜け忍」も厭わない。
男女が愛し合う、古代から存在する人間の自然な思いを、まるで村上春樹の作品のように「自我」を呼び起こすトリガーとしている。それはそのまま男女交際まで厳禁として「没我」の教育を推し進めた軍隊教育に対するアンチテーゼに思えてならない。絶対服従と思われた忍びの世界でも、もっと自由な裁量が存在していたのだと。
忍びたちも実際は1人1人が独立した人間で、自分の意志を有している。そんなことを言いたかったと、この「忍びシリーズ」を読むと、つい深読みしたくなる。