小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

8 忍者丹波大介【忍び⑤:関ヶ原編】(1965)

【あらすじ】

 丹波大介甲賀流の忍びであるが、忍びの技は武蔵の国は丹波にいる時に父・柏木甚十郎から伝えられたものだった。そのため自分の術は「丹波流」と自負し、育った地名を取って「丹波大介」と名乗った。大介の父は甲賀五十三家の1人である山中俊房の命を受け、最初は今川家へ、その後武田信玄の元に送り込まれた。信玄が亡くなり武田家の勢いがなくなると武蔵国に移り、10年前に亡くなっている。

 

 丹波大介は二代目の山中俊房の命を受け、現在は敵対する真田家に仕えている。真田家当主は家康嫌いで徳川軍を追い払った梟雄、真田昌幸長男の信幸は家康の養女で忠臣、本多忠勝の実娘を妻にしているが、次男の幸村石田三成の盟友、大谷吉嗣の娘を妻にしている複雑な関係になっている。昌幸は領地の治世にも熱心で、幸村も忍びに理解があり、丹波大介は二人に心服していた。

 

 豊臣秀吉薨去した翌年、第一人者の徳川家康を頼る大名と、石田三成が糾合する勢力の2つに割れ、対決は不可避の状況にあった。石田三成の家老、島左近は家臣の柴山半蔵を呼び、忍びを束ねる岩根小五郎を使って、家康を襲撃して亡き者にするようにと命じる。理想肌の主君、石田三成とは違い現実的な島左近は、今のうちに家康を仕留めれば、天下は豊臣家中心に定まると考えていた。

 

 ところが命を受けた柴山半蔵は、古くから家康の謀臣、本多正信の計らいで石田家に入った忍びであった。柴山半蔵は下女の於志津を外に出して、本多正信に知らせようとする。しかし石田家と同じく反徳川方に属する丹波大介が気づき、於志津を途中で捕えて連絡を妨げる。ところが丹波大介は、於志津の若く初々しい様子に心が惹かれてしまう。

 

   *真田昌幸ウィキペディアより)

 

 そんな折、頭領山中俊房は丹波大介たちに、思いもよらない命を出した。それは今まで使えてきた真田幸村と、石田三成の家老島左近の首を、伊賀の忍びと協力して討つことであった。急な方針変更に大介は戸惑うが、山中俊房は有無を言わさず命令に従うように告げる。

 

 だが大介は、襲う段になっても疑問が頭を離れず、幸村と島左近を救い出してしまう。大介が甲賀を裏切ったことにより、伊賀、甲賀の忍びの多くが命を落としてしまう。そのため大介は真田家領土に身を隠すことになった。その間毎日のように、当主昌幸の囲碁の相手をさせられ、また真田家の抱える伊那忍びとも交流して、居心地の良さを感じていた。

 

 しかし、徳川家康上杉景勝を討伐するために東征する軍を発し、これを待って石田三成が挙兵する。真田家も、そして丹波大介も今後の帰趨を見極め、どちらにつくか決めなくてはならなくなった。

 

【感想】

 明確には言えない「忍びシリーズ」。本作品は書いた順番から見ると、第1作「夜の戦士」に次いで2番目に発刊されている。ちなみに次に川中島姉川を描いた「蝶の戦記」が描かれ、丹波大介と於蝶が登場する時代的には最後になる「火の国の城」が4番目。5番目は武田家の盛衰を描いた「忍びの風」に戻り、関ヶ原の戦いを描いた「忍びの女」、北条家滅亡を描いた「忍びの旗」と続いている。この順番を確認するだけでも興味深い。

 本作品は初期のためか、甲賀忍びの頭目である山中俊房側の「苦悩」も珍しく記している。甲賀が生き残るためには、どの戦国武将に付けばいいのか。費用も多くは頭領が持ち出しでもあり、「甲賀53家」の頭領たちも頭を悩ませる。そのため「伊賀の統一性」に対する「甲賀の独自性」が、だんだんと独自性を排して収斂されていく。

 

   *本多正信ウィキペディアより)

 

 そこで丹波大介の存在が「生きる」。甲賀の流れは汲むものの、甲賀の里で育ったわけではないので、考えも独自的。何より頭ごなしの命令には疑問を持ち、その判断基準は父からの教えに基づく「自分が何をやりたいか」。仕えていた真田家の昌幸、幸村親子に心酔していたこともあり、甲賀を裏切って徳川に対峙する立場を選ぶ。

 これは前作「忍びの旗」や前々作「忍びの風」と同じ構成。頭目を頂点として上意下達で統制されている忍びの世界でも、時に自分で判断し命令に反抗する。決して「人間離れ」した術は描かず、等身大の人間として描いた「忍び」の世界において、池波正太郎は「上の命令に疑問を持たずに従うことを良しとしない」テーマを徹底している。なぜこのテーマを貫いたかは、もう説明不要だろう。

 丹波大介は関ヶ原に向かう徳川家康に、単身自分の術の全てを賭けて命を奪おうとする。しかしそこには同じく忍びの集団による厳重な壁があり、1人で突き崩すことはできなかった。そして真田家も自分の役割は果たしたが、属する西軍は敗北となり、昌幸・幸村親子はかろうじて命を取り留めて、紀州九度山に囚われの身になる。これはまるで「真田太平記」に続くような印象を受ける。

 そんな中で本作品も、於志津という若い女性を置いた。池波正太郎作品らしくなく(?)、直接の絡みはないが、最後にちょっとしたサプライズを与えて本作品を締めている。そして丹波大介は真田忍びの向井佐助と共に、「火の国の城」に受け継がれる。

 

nmukkun.hatenablog.com

 *数多く発刊されている関ヶ原の戦いを描く物語の「教科書」となった作品です