小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

12 小説 巨大(ガリバー)証券 (証券:1990)

【あらすじ】

 大喪の日、日和証券の法人課長、日野一(はじめ)は、ハーバードビジネススクール時代の友人、ロジャースと会っていた。ロジャースは日野に、日本版SEC(米証券取引委員会)の設立を力説していたが、現実は丸野証券というガリバーが証券業界で全ての実権を握っていた。

 インサイダー取引、会社乗っ取り、上場企業と投資かを手玉に取る手口を駆使して経済界に君臨し、大蔵省証券局を「霞ヶ関出張所」とまで言わしめた巨大証券。日野はガリバーに対抗するために、誠実な人柄とアイディアに優れた提案をして、株上場の幹事証券の座を目指すが、そこから「ガリバー」の反撃が始まる。

 

【感想】

 「大喪」、昭和から平成に移る頃は、バブル景気がピークに達していた。証券業界は証券不況の傷口が完全に癒え、証券界のガリバー、野村證券は1987年にトヨタを抜いて経常利益日本一まで到達する中期国債ファンドを初めとする個人でも扱いやすい金融商品で証券界を身近にして、企業もキャピタルゲインを目指して巨額の資金を投資し、そして外国から巨額な資金も流入した。「金余り現象」によって余剰資金の受け入れ先として株式市場が役割を果たした。そして野村證券は、余りの好調振りに設立した「別働隊」と言われた国際証券も躍進し、直ぐに「4強」に迫る勢いで規模を拡大した。

 その裏で証券会社は、企業との「黒い繋がり」が続いていた。後に白日に晒された損失補填も行われ、優良企業だけでなく、政治家や暴力団にまで「補填」されたのは周知の通り。こんな話は1965年の証券不況前から行われて、証券会社は「資本主義の掃きだめ」と言われることになる。

 本作品の主人公、日野法人課長は「新しい証券マン」として、今後目指すべき証券マンとして描いている。情報やアイディアのサービスも駆使して新しい法人顧客に食い込み、従来型営業を続けていた「丸野証券」から、上場する企業の幹事証券を奪取することに成功する。この時期に全てを牛耳っていた「丸野」から幹事証券を奪うのは大変なことだったが、その反動が凄まじい。

    野村證券の社章。元々は商人が有りがたがる「山」を重ね、創業者野村徳七の「ト」を添えたもの。

 

 社章から「ノルマでヘトヘト証券」と呼ばれて、猛烈な営業力を誇る野村、ではなかった「丸野」証券は、上場予定の企業に大攻勢を仕掛ける。大物を何人も投入し、時にはなだめ、時にはすかしながらも劣勢の立場を挽回していく。また日野への攻勢も続き、ついにはメイン幹事の座を奪われてしまう。ビジネススクールでは題材にならない「力」が市場を支配していたことを、「3弱」の1つに勤務しているMBA取得のエリート社員を視点として見事に描いている。

 高杉は当時「中国ファンド」も知らない状態から証券業界を勉強して本作品を著したという。そしてバブルがはじけ、様々な不祥事が証券会社を初めとする金融業界で日の目を見ることになる。そしてこの時期に勉強して証券会社を描くことは、大きな意味があった。このわずか5年後の1995年に本作品の続篇として「小説新巨大(ガリバ-)証券」を発刊する。そこではバブル崩壊後の様変わりした証券市場の低迷振りや、損失補填、「握り」の要求などの後始末に追われている。そしてMOF担になり大蔵省との折衝を行う立場となり、官僚側の当時の様子も描くことになる。

 高杉良は、自分の小説で「悪役」を登場させるが、主人公はまるで司馬遼太郎の登場人物のように、困難にもめげず周囲の抵抗を廃して、新しい時代を切り開くような人物を設定して、そして描いていた(当然、例外はある)。

 但しこのバブルの崩壊を機に小説の主役を、権力を持ちながらもその使い方を誤り、会社や社員に対してしわ寄せをすることに意を介しない経営者を描くことに、舵を切り始めることになる。

 

    野村證券日本橋本社ビル(ウィキペディアより)