小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 腐蝕生保 高杉良 (生保:2005)

【あらすじ】

 生命保険業界のガリバー大日生命は、総明な社長候補の急死をきっかけに、創業者一族の手を離れてしまった。プロパーで社長になった藤原社長の元で権力欲、嫉妬、保身が入り乱れた末に次期社長の椅子を手にいれたのは「人事マフィア」と呼ばれる無能な副社長、鈴木隆造だった。最悪のトップ人事に「一選抜」エリートである大生マン、吉原周平は、絶対的な恐怖政治が敷かれた社内で自分の正義を貫く。

 

【感想】

 生命保険業界のガリバー企業、日本生命。資金力はメガバンクに匹敵し、主要企業の株を多く取得して「日本株式会社の静かなる大株主」とまで言われた存在感を有している。

 1985年、高杉良日本生命を舞台に、本作品の20年前に主人公の広岡厳太郎(社長弘世現の長男、弘世源太郎がモデル)を魅力的に描いた「いのちの風」を著した。そして本作品で「藤原会長」として描かれているモデルの伊藤助成は、「小説日本興業銀行」で、資金の運用方法を模索する日本生命が「とびきりのエリート」として、企業融資の研修生に派遣された人物として描かれた。この2つが交錯して描かれた作品が「腐蝕生保」とは何とも情けない。

   *伊藤助成氏(日刊工業新聞より)

 

 「大日生命」に勤める主人公の吉原周平は、英語の堪能な「とびきりのエリート」で将来有望な「一選抜」(この言葉も当時は流行った)。彼がNYから日本に戻ってきた1997年、大日生命は、バブルの頃に拡大経営に乗り出すもバブル崩壊で失敗した「藤原会長」から、人事マフィアと呼ばれた「腰巾着」鈴木が社長に就任して、会社経営は暗黒時代に突入する。

 吉原はトップの人事に異を唱え、退職を恐れず会社経営の健全化を、同期や上司に訴えるものの無視されて左遷され、現場の支部長として過酷なノルマに直面する。営業現場である「支社」の労働環境は20年前の「いのちの風」でも描かれているが、それはまるで変わっていない。拝み倒してセールスレディを大量採用するも、同時にノルマの過酷さから大量退職も繰り返し、ほぼ2年で全員が入れ替わる計算になるほどの過酷な現場。

 支部長や現場のセールスレディは、「自爆」と呼ばれる架空契約をしばしば作成して、そうした自爆によって多重債務に陥り自殺する者も出る。ゆうちょは内部告発などにより「自爆」は改められた(と思う)が、生命保険業界は変わっていないように思える。そのため契約を取るセールスレディは「神様」扱いでチェックが効かず、2020年に判明した第一生命保険の元保険外交員女性が架空の金融取引で、顧客から約19億5千万円をだまし取った問題が判明することになる。

高杉良も20年経過して「愛想を尽かした」のか、現場の厳しい現実は、以前とは違い、救いがない描き方に変化している。過酷なノルマで自殺する支社長がいる一方で、社長が(当然社費で)豪華海外旅行を満喫している姿を描いている場面などは、農民が汗水垂らして作った米を搾取する、悪代官の様な構図さえ感じる。この辺の経営者の描き方は、前作の「乱気流」と同様、作者の悪意が全面に出ている。

 そして本作品の主人公の吉原は、例えば「小説ガリバー証券」で、MBAを取得したエリート、日野一とは異なる「エリート像」で描いている。外国帰りで正論一辺倒。自分の思い通りにいかないと、辞意を何度もちらつかせ、日野が持っていた腰の低さを無くした人物になっている。また美しい妻との会話を交わしながらも、セールスレディと不倫するなど、優秀なセールスレディを引き留めるにしても、「広岡厳太郎」が試みた現場改革とは全く違う視点で描くようになっている。

 本作品のあと、「ほけんの窓口」や、ネット型の保険も出て、保険商品も変わってきている。元々無理な営業で、適正以上といえる保険を獲得してきた従来の生命保険会社。戦後間もなくに言われた「枕営業」から始まる、旧態依然とした生命保険業界に「本当の改革」はなされるのか。

*同じ日本生命を舞台にした小説ですが、こちらは感動作でした。

 

 高杉良の20選。現在にも至る長い作家人生はエールから呪縛、即ち「城山三郎から清水一行」移る過程に重なる。そして欲望がはびこる日本経済界の「悪」を断ち切り、弱者への情を忘れない「鬼平」へと変貌する歩みを、映し出している。

 次回からは「経済小説(製造・建築・エネルギー等」のくくりを始めます。