小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 慟哭 貫井 徳郎 (1993)

 *投稿200回になりましたが、まだまだ通過点の気持ちで続けます。

 

【あらすじ】

 彼(松本)は娘を失い、仕事を辞め、あてもなく彷徨っている。そんな中新興宗教の勧誘を受けて興味を持つ。一度は騙されたが、次に訪ねた宗教団体には好感を持ち入会する。多くの財施をした松本はあっという間にレベルを上げ、教団の秘儀だという儀式にも誘われるようになった。

 一方、キャリア警視で警視庁捜査一課長の佐伯は、誘拐・殺害された事件の陣頭指揮をとる。キャリアで有力者の「婚外子」(正妻ではない女性の子供のこと)であることから周囲のやっかみもあり、捜査がなかなか進展しない中で次の誘拐事件が発生する。

 

【感想】

 ミステリーに限らない分野で旺盛な創作を続ける貫井徳郎のデビュー作。「イヤミス」前の「後味の悪い作品を生み出す作家」とのイメージがインプットされている。本作品を発展させたと思われる「修羅の終わり」。次に紹介予定の作品「魍魎の匣」を連想する「妖気切断譜」。立て続けに上梓した後味の悪い作品たち「後悔と真実の色」,「愚行録」,「新月譚」,「微笑む人」など。そしてクリスティーの「ポケットにライ麦を」に匹敵する、救われないエンディングが印象的な「灰色の虹」。

 本作品は鮎川哲也賞の最終候補。受賞は逃したが、北村薫の強い推薦と「見事な紹介文」

題(タイトル)は『慟哭』書き振りは ≪練達≫ 読み終えてみれば ≪仰天≫

で上梓され、ベストセラーとなった。のちの活躍を見ると、貫井徳郎よりも(?)北村薫の尽力がミステリー界に大きな貢献をしている気がしてならない。

 

nmukkun.hatenablog.com

*「後味の悪さ」で貫井徳郎を紹介した、クリスティーの傑作。

 

 奇数章は松本が主人公。偶数章は佐伯が主人公で、交互に描かれる。奇数章は当時問題が大きかった新興宗教を描きながら、主人公・松本の失われた心に入り込む宗教側の「手口」と、そこにどんどんと嵌っていく松本の姿が描かれる。この宗教を描く方向性は、「神のふたつの貌」や「夜想」に通じていく。

 偶数章は捜査一課長の佐伯が、当時発生した連続幼児誘拐・殺人事件の捜査を指揮する様子が描かれる。捜査一課長は本来ノンキャリアのポジションだが、特異な設定と、強烈な佐伯の個性で進めていく。但しその一連の凶悪事件の中で、犯行を防止できない捜査陣に対して風当たりが強くなり、更に佐伯自身も事件に巻き込まれ、明晰で冷徹な佐伯に、だんだんとズレを迷いが生まれていくところを「救いのない」タッチで描かれていく

 ミステリーとしては偶数章の方に重きを置いて読むが、奇数章との繋がりが当初は不透明。初読の時は深く考えず読み進めたため、最後に交錯したところを読んで、見事に「引っ掛かりました」。ミステリーのベテランが読めば、かなりの確率で「トリック」に気がついた様子だが、これは引っ掛かった者が得をしたと勝手に思うことにする(笑)。ところが本作品はそれからの結末が見事。そこから「慟哭」の題名に込められた本当の意味が浮かび上がる。まさにデビュー作にして「練達」。

 貫井徳郎は本作品の応募前は、伝奇小説やSFなども書いて各賞に応募していたという。本作品も受賞には届かなかったが、北村薫の推薦で「結果的に」デビュー作となった。「デビュー作にはその作家の全てがある」。逆説的に言えば、貫井徳郎は本作品がデビュー作となったことで、その後の創作活動における方向性が定まったと言える。その意味でも本作品を推戴した北村薫の意義は大きい(当然、作者貫井徳郎本人を忘れたわけではありません。念のため)。

*本作品の兄弟作とも言える作品。こちらは主人公が3人になります。