小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 黒いトランク(鬼貫警部シリーズ) 鮎川 哲也 (1956)

【あらすじ】

 1949年12月10日、汐留駅で引取人が来ない貨物から、異様な臭気が発せられている大きなトランクを開けると、死んでから相当日が経った死体が見つかる。それは福岡県の筑豊本線、札島駅から近松千鶴夫の名前で発送された荷物だった。

 そして発送者の近松岡山県の児島付近で死体となって発見される。捜査の結果、トランクに入れられていた被害者の名前が馬場蛮太郎という人物だと分かり、近松は馬場を殺害した後に自殺したのだろうと判断する。

 かつての想い人で、亡くなった近松の妻である由美子から知らせを受けた鬼貫警部は、被害者の番場蛮太郎もまた大学の同期だったことなど、自分もこの事件にいくつか気になることがあることから、近松の死の真相を調べる。

 

【感想】

 初読の時は気にしなかったが、発行が1956年と意外に古いことに驚いた。また初稿は発刊よりも数年は早く書かれたようである。余り戦争を引きずっていない現代的な文体と雰囲気で描かれ、トリックを主体とした本格推理小説となっているためか、もう少し後に書かれたものと勝手に思い込んでいた。

 クロフツの「樽」と比較されるのは構成上仕方ない。作者鮎川も当然参考にして本文中に「樽」に言及した上で、「しかしその『樽』から得た知識をもってしても、この事件の謎はとけないのです」と言わしめている。「闘将」は最初から「闘将」だったのだ(笑)。

 それよりも私が再読した印象は、クロフツよりもコリン・デクスタ―のモース警部を連想させた。1人であーでもない、こーでもないと考えながら試行錯誤して、時に部下を(担当外の事件にもかかわらず)捜査を命じてたまに愚痴を言う。この刑事像もかなり新しく、時代を先取りしている印象を受ける。

 

nmukkun.hatenablog.com

鮎川哲也のもう1つの傑作は、刑事物とは「真逆」の不可能犯罪を描きました。

 

 また創元推理文庫では、ヴァン・ダインエラリー・クイーンを思い出させる精緻な「注」が時折挟まれている。ペダントリー(知識や教養をひけらかすこと、衒学(げんがく)趣味)もほどほど匂わせ、当時とすればバタ臭い雰囲気も作品に漂わせ、ここでも従来の日本の推理小説とは一線を画している。本稿は「鬼貫警部シリーズ」の1作として、警察小説のジャンルとして取り上げたが、自分の担当事件ではなく個人的な事情を多く取り組んだ点も含め、警察物というより探偵物のように思える。

 さてトリックだが、私はアリバイトリックが苦手で、1度読んでも(そして2度目でも)良く飲み込めなかった。第2のトランクの登場と青いサングラスをかけた謎の人物の登場、そして図解説明を整理してようやく理解できたもの。これだけ謎に特化した物語(作者鮎川はマッチ箱を動かして考えたと語っている)は、まだ黎明期の「本格」日本ミステリーとしては新鮮だったろう。但し「りら荘事件」と同様に万人向けとは思えず、本格推理の「マニア」向けと思える作品で、まさに早すぎた名作。

 そして創元推理文庫では、その「マニア」が3人集まって鼎談している。有栖川有栖北村薫戸川安宣の3人が本作品について「思いの丈を」「とことん掘り下げて」語っている内容は、一般の「ファン」から見るとちょっと引いてしまうほど(笑)。この熱意だけでも内容だけでない本作品の「歴史的意義」を改めて思い起こさせる。1冊の本に対して、トリックだけではなく、「マニア」としていろいろな読み方があるのだと思わせる。作者が語る当時の創作事情の回顧談と合わせて必読です。

 社会派と呼ばれる推理小説が席捲した時代も、頑なに本格推理の牙城を守り通した「闘将」。その出発点にふさわしい、記念すべき作品。

 

wakuwaku-mystery.hatenablog.com

 

*そしてまた(勝手にm(_ _)m)登場させていただきました私の読者さん。アガサ次郎さんの書評は、骨格が私の記事と良く似ていますが、是非比べてみてください。