小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 ビート(警視庁強行犯係・樋口顕シリーズ③) 今野 敏(1996~)

【あらすじ】

 警視庁捜査二課・島崎洋平は疑念を持っていた。警察のガサ入れの日時を長男が大学柔道部の先輩である銀行員の富岡に漏らしてしまいガサ入れは失敗。その上自分と長男を脅していた銀行員の富岡が殺害されたが、殺したのは、次男の英次ではないかと疑いを抱いたからだ。

 ダンスに熱中し、家族と折り合いの悪い息子ではあったが、殺害される直前に富岡と接触していたことが判明する。捜査本部で共にこの事件を追っていた樋口顕は、やがて島崎の疑念に気付く。

 

【感想】

 樋口顕シリーズは1996年に刊行された「リオ」からスタートしているが、2022年に新作「⑦ 無明」が出てもようやく7冊目と寡作。本作品はシリーズ3冊目で2000年に刊行されている。 

 樋口顕警部は安積警部補と似たキャラクターだが、比べるとやや複雑に設定している。自分の考えに自信があるわけでなく、周囲に気兼ねしながら動いているようだが、その判断に周囲は信頼していて「優秀な刑事」と評価されている。

 家族も妻は大学の同級生で注目を浴びていた女性にアタックして結婚した恵子。英語の翻訳業をしている傍ら主婦の仕事も無難にこなし、夫を信頼している。前作「 朱夏」では何者かに誘拐される事件に巻き込まれるが、数少ない情報を手がかりに夫が必ず助けにくると信用していた。なお5作目の「 回帰」では夫婦の母校の大学が事件の舞台となる。

 

 そして娘の照美。樋口は年頃の娘との距離感の取り方にいつも悩んでいるが表には出さない。本作では深夜ディスコに行きたいと言って父親を困らせ、次作の「 廉恥」ではネットサーフィンに凝るが、事件に関連するパソコンの提供を拒んで警察官の父と対立する。「 回帰」では卒業旅行にバックパッカーを宣言するなど、心配な父親に反発する娘を演じている。ところが父親が内心の逡巡を押し殺して「えいや」とばかりに一押しすると娘も歩み寄り、表面は素直でないが心の底ではつながっているのがわかる。2020年の作品「 焦眉」では、娘が父親を信頼していることも発言して樋口を驚か。この親子の距離感がこのシリーズにおいて1つの「補助線」となっている(そろそろ娘の結婚がテーマになりそうだが・・・)。

 

 本作品はそんな親子二組を巡るストーリー。島崎家では、柔道に全力と尽くす父親の思い通りの道を進んでいる長男と、そんな長男を横目で見ながら、自分の道を探してダンスに行きつくが、当初親は偏見の眼で見るため相いれない次男。真実に向かい合えずに最悪の処理を考える父親。父親に反抗するも、心のどこかで自分を信じて欲しいと願う次男。捜査の途中で樋口は次男と事件は無関係とわかり、慟哭する。

 それから次男と正面から向き合うようになり、その過程でダンスがどれだけ素晴らしいスポーツかを知ることになる。この島崎刑事のダンスに対する見方は社会全体の味方とほぼ同じで、その偏見と取り除くのが本作品出筆の動機ともなっている。確かにダンスの描写を見ると一瞬警察小説の存在を忘れるが、読ませる熱を帯びている。

 対して樋口親子。高校生なのに深夜ディスコに行くと言い出す娘を心配する親心。そして樋口が解決策を口に出したときの妻恵子の反応がとてもいい(シリーズで一番好きな場面!。結局「大山鳴動して鼠一匹」のような結果だが、娘を気にする微妙な距離感と、結局はそれを乗り越える親子。そしてすべてお見通しの母親を交え、この3人の親子の関係にはいつもほっこりさせられる

 

 リオ は女子高生の生態を軸とした物語で、娘との関係にも繋げる。

  朱夏 は妻が事件に巻き込まれ、夫婦の絆を軸としている。

 ③ ビート はメガバンクを背景にした事件で、同僚の親子関係から自身の親子の関係を見つめなおす。

 ④ 廉恥 はストーカー被害を逆手にとったもの。娘が事件に巻き込まれる 

 ⑤ 回帰 は公安と刑事畑の対立。

 ⑥ 焦眉 は警察と検察の対立と、前作よりも話が大きくなってくる。

 ⑦ 無明 は所轄と理事官の捜査に対立して、自分の立場も危うくする。

 

 この作品は安積班と比べ寡作ながら、事件背景はだんだん大きく、作者の興味の赴く道に向かっていくようだ。

テレビ東京のドラマでは、主人公は内藤剛志が演じました。