小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

19 魍魎の匣 京極 夏彦 (1995)

【あらすじ】

 暗い性格で友達もいなかった楠本頼子は、クラス1の秀才で美少女の柚木加菜子に突然声をかけられる。初めは戸惑ったが親交を深め、2人で最終電車に乗って湖を見に行こうと約束する。しかし加菜子は武蔵小金井駅のホームで何者かに突き落とされ、列車に轢かれてしまう。

 たまたま勤務帰りの刑事・木場がその電車に乗り合わせていた。木場は頼子と共に、加菜子が運ばれた病院は向かうが、そこで加菜子の姉柚木陽子と会う。陽子は数年前に引退した女優美波絹子だった。

 「加菜子を救える可能性がある処を知っている」という姉の意志で、加菜子は謎の研究所に運ばれる。

 一方、小説家の関口巽は稀代の新人小説家久保竣公と出会う。そして雑誌記者の鳥口らと共に武蔵野連続バラバラ殺人事件を追うが、途中で道に迷い、「匣」のような建物と遭遇する。その建物こそ、加菜子が運ばれた「美馬坂近代醫學研究所」だった。

 

【感想】

 「匣」は蓋があることで「箱」と使い分ける。但しミステリーで「匣」の字が使われると、特別な磁力を帯びる。

 作者が水木しげるの弟子というだけあって、何とも独特な雰囲気を醸し出す京極夏彦の「百鬼夜行」シリーズ。「二十箇月もの間子供を身籠っていることができると思うか」で始まる「姑獲鳥の夏」、雪景色の中足跡もなく僧侶の他殺死体が出現する「鉄鼠の檻」、女子校の中で、呪い通りに人が殺される「絡新婦の理(じょろうぐものことわり)」など、妖気的な謎と妖怪を掛け合わせた(私には難解な)作品を出しているが本作品は別格。登場人物が複雑に絡み合い、事件も猟奇的でかつ真相は背筋が凍るほどの衝撃を受ける、京極夏彦の「極致」と言える作品

 物語は柚木加菜子をホームに転落させた殺人未遂事件、加菜子が研究所から連れ去られた誘拐事件、武蔵野で起きた連続バラバラ殺人事件、そして世間を騒がしている新興宗教「穢封じ御筥様(けがれふうじおんばこさま)」の問題が複雑に絡み合いながら進んでいく。

 *映画は余りにも「妖絶」でした。   

 

 その中で象徴となる「匣」。腕を収める鉄の匣、魍魎を収めることで穢れを浄化させる筥、久保竣公の何とも不気味な作中作「匣の中の娘」。そして美馬坂近代醫學研究所の描写は、読む人全てに不安を掻き立てる。その中で行なわれた「研究」とは何か、その匣のような建物の正体が判明した時の驚愕は筆舌に尽くしがたい。

 京極堂がそれまで闇に蠢いていた魍魎「たち」を退治する場面は、ミステリーというジャンルでは収まりが効かない。これに比するのは怨霊が跋扈(ばっこ)する物語の「太平記」や「南総里見八犬伝」、またはダンテの「神曲」か。探偵が犯人を指摘するものではなく、闇で自分勝手に蠢いていた魍魎を、地上の明るい世界に引っ張りだして「鉄槌」を下す姿は、ギリシア神話における「復讐の女神」ネメシスに重なる。

 残されたエピソードの、誘拐された加菜子の「末路」と犯人の変質的な嗜好はいかにも不気味であり、またその目撃された場所が作者の師匠である水木しげるの故郷、山陰地方というのも意味深長である。

 京極堂が最後に語る「幸せになるのは簡単で、人を辞めてしまえばいいのだ」は、本作品だからこそ「生きる」言葉。そして最後の場面は、本作品を読んだ人全てがトラウマになるほどの衝撃を与える、日本ミステリー史上屈指の結末。「人を辞めた」末路がどうなるかが描かれている。パンドラの箱は最後に希望が残っていたが、「魍魎の匣」には絶望しか存在しない。

 この長大な物語には、読み手の魂が吸い取られる「磁力」がはらんでいる。

 *アニメは余りにも「衝撃」でした。