【あらすじ】
ペリーが来航した翌年の1854年、幕府御用絵師の子として生まれた高橋是清は、生後まもなく仙台藩の足軽・高橋家の養子になる。横浜のアメリカ人医師ヘボンの私塾で学び、12歳の時に海外渡航を強く希望したことが認められ、勝海舟の息子・小鹿と同じ船で海外へ留学した。
しかし学費や渡航費を着服され、騙されて奴隷契約にサインして売られてしまう。厳しい労役の中、途中で奴隷契約を知らされた是清は、自らの力で契約を解除して1868年(明治元年)、帰国する。サンフランシスコで知遇を得た森有礼に薦められて文部省に入省し、英語の教師もこなす。しかし学生としても学ぶ中、下級生に騙されてお金は取られ、芸者遊びまで覚えて評判は悪くなるばかり。止む得ず文部省を退官すると、東京から抜け出して唐津藩と契約して英語を教えることになる。この時まだ17歳。
ほとぼりが冷めるのを待って東京に戻ると農商務省に採用され、欧米留学で特許の重要性を知り、1884年に30歳で特許局の初代局長に就任、当時としては破格の予算で日本の特許制度を整える。薩摩藩の松方正義蔵相からも見込まれ、親友前田正名からは見合いを勧められ、万事が上手く回るように思われた。
しかし前田正名からもう1つ話を持ちかけられた。ペルーで有望な鉱山事業があると聞かされると、官界のキャリアを中断して、出資を募ってその代表となる。是清自らペルーに渡り高山病と戦いながら現地奥深くへと赴くが、実はこれがとんだまがい物。かねてより採掘は行なわれて鉱脈は枯れて、既に廃坑のため事業は大失敗。莫大な負債を背負い家も手放し、是清の評判も地に墜ちる。
しばらくしおらしくしていると、日銀総裁の川田小一郎に様々なポストを紹介されれるが、是清は一兵卒からやり直すことを希望して、当時建築中だった日本銀行の事務の主任となる。上司となる現場監督はかつての教え子だったが、全く拘泥なく1から教わる姿勢を持って、次第に現場での問題を見つけ出しては次々と解決していっては、施工主の安田善次郎や川田日銀総裁を感心させる。
川田総裁から見込まれて、日本銀行に西部支店長として採用、そこでも九州の金融危機の対処などで活躍する。川田総裁の推薦で横浜正金銀行の支配人に転じて、そこでも1から業務を見直して、従来の守りの姿勢から、外国銀行と競い合い大蔵省からも特例を認めさせて「攻めの営業」に転じて取引高を外国銀行と遜色ない量に引き上げ、副頭取にと出世する。
その頃日本銀行では川田の後を継いだ山本総裁が独裁を敷き、その反発で幹部の大量辞職騒ぎが起った。その穴埋めをするために是清に日銀副総裁の役目が回ってくる。そしてその山本も、政府の意に従わないことを理由に政府から解雇される。水面下では日露戦争が開戦間近となり、財政面から政府大蔵省と日本銀行は綿密な連携が必要とされたことに是清も感じる。時に是清50歳。
【感想】
幼少期に馬に引かれるところを奇跡的に助かって、「自分は運が良い」と楽天家になった高橋是清。子供の頃からヘボンの塾に通い、まだ子供の年齢で渡米して、しかも奴隷生活を強いられる経験をするが、「やけにキツイ勉強だな」との感想で何とか乗り切ってしまう。
それにしても若くしてよくもまあこれだけの「七転び八起き」人生を繰り返したもの。「生来の楽天家」は1つや2つの失敗はブレーキにならず、再起しては更に大きな失敗を重ねて、またもや復活する。それは木の年の年輪のように、人間が更に大きくなる準備期間に思えるから不思議。英語の教師時代には、大学予備門(大学南校の予備校)で、「坂の上の雲」の秋山真之や正岡子規にも英語を教えている。
*嫁を世話して廃鉱を勧めるなど、是清の運命を翻弄した前田正名(国立国会図書館)
若くして教鞭に立ったためか、その教え子の下に付くのも拘泥しない。莫大な負債を抱えて家を売った時も、妻の品が近所の手前嫌がるにも関わらずに、近い理由でその裏手にある長屋に移って平気な顔。なお是清の人生に大きな影響を与えた前田正名は、五代友厚から影響を受けた薩摩出身の人物で、民間で殖産興業を実践する。自然保護にも着目して明治天皇から御料所の払い下げを受けて、個人の所有物に国立公園を指定されて、結果的に日本第1の地主となった人物。
エピソードには事欠かない是清だが、その中でも1つ取り上げる。日本銀行建築の事務主任となった時、工期が遅れるのを見てその理由を4人の親方が賃上げを要求して時々サポタージュするためと睨み、元請けから直接管理する代わりに、4人で競わせて賞金と罰金を出すようにして、工期は驚くほど短縮した。まさに豊臣秀吉の清洲城石垣工事の故事を思い出させる。
後に高橋是清の後継となりライバルにもなる井上準之助は、「前例のあることは山本(日銀総裁)に聞けば、懇切丁寧に教えてくれる。前例のないことは高橋に聞けば、たちどころによい知恵を出してくれる」と言ったアイディアマン。失敗する度に人間を学び、物事を学び、そして知恵をつけて更に大きくなっていく。普通ならば1つ2つの失敗で再起はできない人間が多いが、是清は失敗によって更に大きくなり、実業家から政治家に「化けて」いく。
*NHKドラマ「坂の上の雲」で若者を導く高橋是清を演じたのが、西田敏行さんでした。合掌。
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