小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 死して残せよ虎の皮(浅井長政) 鈴木 輝一郎(2000)

【あらすじ】

 長政の祖父浅井亮政は主君京極佐々木家の実権を握り、北近江を支配する大名になったが、佐々木家の嫡流である南近江の六角氏に勝つことができなかった。せめて虎の皮を残そう、と遺言して、朝鮮から渡ったとされる虎の皮を家宝とした。

 

 織田信長が妹で麗人の誉れ高いを、浅井長政に嫁がせて同盟関係を結んだ数年後のこと。信長は美濃を攻略していよいよ上洛しようとしていた。その前に信長は初めて11歳年下の義弟、浅井長政と対面して、絆を強めようとする。衆道(男色)の嗜みがある信長に、長政は家宝の虎の皮の上で喜びを高めあい、そこから枕話として浅井家の歴史や長政の国主としての苦労話を聞く。家臣から軽く見られて一度は放逐された父久政。そして妹市との激しい交歓。信長は長政に魅力を感じて絶対的な信頼を寄せる。

 

 信長は長政を従え将軍足利義昭を奉じて上洛の途につく。途中、浅井家が長年敵対して勝てなかった六角氏を、調略も交えてあっけなく駆逐する。その信長の戦い方や軍律なども長政には新鮮で、学ぶことが多かった。対して信長も、長政を徳川家康や家臣たちも驚くほどに、信頼していた。

 

 ある日将軍御所の造作現場で、織田衆と浅井衆が喧嘩になった。そこに巻き込まれた長政の子万福丸は6歳に過ぎず、訥弁でうまく話せない中、「武人の矜持は命より思い」と訥々と語り、相手をやっつけてしまう。相手に加勢が来て不利とみるや、万福丸は魚鱗の陣を命じて一気に蹴散らした。その話を聞いた信長は家臣を叱り、長政には何の咎めもせず、万福丸の器量を改めて認識することになる。

 

 信長は度々の上洛要請に応じない朝倉義景に対し、追討の軍を出そうとしていた。しかし浅井家と朝倉家は同盟関係にあるため、浅井には内緒で一気に朝倉家を滅亡しようと考える。ところが朝倉義景は父久政に調略の手を伸ばし、久政は長政らに相談せずに朝倉家への内応を約束してしまう。家中は信長の味方をすべきとの意見で一致するが、父久政は先が見えないと論じる。そして万福丸から「いつまで信長の家来なんですか」という言葉を聞いて、長政は遂に信長と絶縁することを決意する。

 

 長政は朝倉へ伸びる織田軍の本陣を魚鱗の陣で攻め込み、桶狭間の再現を試みる。しかし長政の裏切りを知った信長は全てを投げ打ち、1人戦場から逃亡する判断を下す。

 

  浅野長政像(高野山持明院所蔵)

 浅井勢は強かった。姉川の戦いでは何倍もの織田軍を相手に引けを取らず、その後も織田軍に立ち向かうが、武田信玄が死に、天下の形勢は逆転する。兵力を浅井に集中させた信長は、ついに小谷城を落城させる。市と共に落ち延びた万福丸は、最後に命乞いをせず立派に信長に対峙し、器量の大きさを見せる。

 

【感想】

 織田信長浅井長政の愛の交歓、という衝撃的なシーンで幕開けする本作品。しかもその後「ピロートーク」のように(?)浅井家の歴史と国主の苦労を語りだす長政。戦国武将の国主も孤独で愚痴も言いたいだろうが、その相手が織田信長で、しかも信長もフンフンとうなずきながら聞いている不思議な光景。

 そして相思相愛の浅井長政と市。精力が強く、数々の側女が相手にできなかった長政に、時に1日中でも、天守に響くほどの嬌声を上げて応える市。しまいには娘の茶々は長政相手にお馬さんごっこをする時に、腰をくねらせ嬌声を上げて、母の市のまねをする程に (^^)

 

  

 *お市の方浅井長政と対となる掛け軸で描かれました(高野山持明院所蔵)

 

「恋とは相手の良いところを好むことであり、愛とは相手の悪いところを許すことである」と定義した上で、市とは合致していると回想する長政。しかしその気持ちは、信長が長政に思う気持ちにも通じている。それだけに信じていたものが裏切られた心の傷は大きく、以降は信長の性格まで変わってしまう

 そして信長に負けて、窮地に陥った長政を裏切らない家臣団と領民たち。村を焼き討ちにして領民の心を離反させてしまう信長に対し、最後まで長政への忠臣を誓う家臣団たちを見て、信長は新たな嫉妬心が芽生える。そして長男の奇妙丸(信忠)に対しての教示に、人として最低の男になるように伝える。即ち「人を愛するな。人を信じるな。人に好かれるな」。そして人には自分自身も含む。信じた人に裏切られたことで信長はその孤独に耐え、そして天下人へと登り詰めることになる。

 物語自体は浅井の家臣団と長政、そして信長と秀吉、足利義昭朝倉義景との関わりを描きながら進む戦国絵巻の物語。浅井長政は「一殺多生」の言葉で、あくまでも織田信長の死を求める。しかし「包囲網」の足利義昭朝倉義景にはそこまでの覚悟がないため、結局は長政自らが死に至る。しかもそのベース音に「愛」を奏でて。

 愛する男を自分の手で殺めた信長の心は失意がよぎり、有名な頭蓋骨を酒杯とした挿話は描かれていない。「信長は戦いを終えて酒宴を開くが、酒は不味くまるで酔えず、次の日はひどい二日酔いに襲われた」として、物語を終らせている。

 

 そして浅井長政は、死して人を残した。娘の茶々は秀吉に、三女の徳川秀忠にと、それぞれ天下人に嫁いだ。次女のは浅井家の主筋にあたる京極佐々木家に嫁いで、大坂の陣では姉と妹の間で周旋役を果たした。

 

  

*「どうする家康」で、北川景子は茶々を演じる女優の「金字塔」を打ち立てた印象。母の市との二役の演じ分けも含めて、SGI(スゴイ)演技でした(スポニチより)