小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 人斬り半次郎(幕末編・賊将編) (1963)

【あらすじ】

 薩摩藩内でも「唐芋侍」と蔑まれる貧乏郷士の家に生れた中村半次郎。その逆境の中で、ろくに読み書きもできないが、大らかで真っ直ぐな性格で知られていた。示現流の使い手でその剣に敵はなく、美男子で惚れた女性には見境いない。「出戻り」の幸江に入れあげて、夜這いを繰り返す毎日。

 

 島津久光に従って上洛すると京で諸国の志士たちを交流して、同時に生涯を共にする西郷隆盛と出会い、重用されてそばに付き従う。志士との交流で学問も必要と考えて本に向かうが頭に入らず、字を習うも「師匠」となった法秀尼と男女の仲になってしまう。

 

 当時対立関係にあった長州藩とも、半次郎は抵抗なく交流を続ける。禁門の変では先頭に立って闘うが、戦いを離れると相手の命を救い、こっそり逃がしたりと、優しい性格が出てしまう。西郷暗殺を狙う者が増えた時には、容赦なく暗殺者を返り討ちにして、「人斬り」の名を高めた。余りの強さに「あの」新選組からも、今後半次郎を相手にするな、と命令が出たという。

 

 明治維新後は桐野利秋と改名。陸軍大将になった西郷に付き従い、自身も陸軍でNo.2の陸軍少将に就任する。廃藩置県では、薩摩から兵を率いて西郷が上京する際もつき従い、翌年は熊本鎮台の司令長官に任命された。そして近衛兵の長となり、「陸の薩軍」を象徴する存在となっていく。

 

  桐野利秋中村半次郎ウィキペディアより)

 

 その頃中央政界では征韓論争が起きていた。朝鮮を説得するために西郷は渡航を望むが、遣欧使節から帰朝した大久保利通岩倉具視は内治優先として、戦争を招く西郷渡航に反対する。結局論争で西郷は敗れ明治政府から下野すると、桐野は直ぐに辞表を出して西郷の後を追い、鹿児島に帰郷する。

 

 西郷の意を呈して若者の暴発を抑えていた桐野だが、政府側の挑発に我慢できず、遂には自らが先頭に立つ勢いで蜂起する。以前司令長官として赴任した熊本城を攻めあぐね、田原坂の戦いから退却を繰り返していく。そして郷里鹿児島に戻り、城山の戦闘で西郷と共に命を終えた。享年40歳。

 

【感想】

 数少ない幕末ものの長編作品に、池波正太郎中村半次郎桐野利秋)を主人公に選んだ。逆境でも明るさを失わず、学問ができなくても動じない。そして「人斬り」をしても人格に影を感じない、不思議な魅力を持つ人物。同じような人物はいないかと、日本史上で振り返ったが見つからず、ようやく辿り着いたのが長嶋茂雄(笑)。

 ところが読んでいくうちに、先の「英雄にっぽん」の山中鹿之介と重なってきた。鹿之介は主君尼子家に対する忠誠心は堅固だが、それ以外は男女の道も含めて、かなり自分勝手に生きている。桐野利秋も西郷を仰ぐ気持ちは終生変わらないが、後は自分の気持ちに正直に生きている。

 

 *強烈なインパクトを受ける「賊将編」の表紙。「幕末編」と共に、半次郎を故郷の桜島が見守っています。

 

 大政奉還から鳥羽伏見の戦いと移り、半次郎は戦塵の中でその器量を発揮する。会津藩降伏後の開城の式で、城の受け取り役を「芝居を見たことがある」と堂々と務める一方、会津の立場を思うと「男泣きに泣いて」、過剰と言えるほどの親切心で対応する。

 その心根は、終生桐野をそばに置いた西郷隆盛その人の姿に映ってしまう。感情の量が異常に大きく、時に自分でも制御できない。そんな「原石」のような性格を持つ桐野を見るとき、西郷は自分自身を思い、引いては自分の師匠とも言える島津斉彬を思っていたのではないだろうか。「彼は独立の気象あるが故に、彼を使ふ者、我ならではあるまじく」と西郷を語った島津斉彬。同じことを西郷は桐野に思い、そのために最後まで桐野と離れなかったのではないか。勝海舟西南戦争後、西郷を「情死」と評しているのが興味深い。

 西郷に対して池波正太郎は、政治家ではなく、思想家、教育家、芸術家、そして詩人などと並べて、1つには当てはまらない人格を説いている。同郷の海音寺潮五郎が取り掛かって絶筆となり、司馬遼太郎をして「迫りきれなかった」と歎かせた西郷隆盛の人物像。本作品もだんだんと紙面を西郷に割いて、本作品の4年後に独立して「西郷隆盛」を上梓する。

 

 

 桐野はと言うと、自身の決断に迷いはなく、敗戦の最中でも大らかに進んでいる。最後は進軍ラッパを背に死に向かう「人斬り半次郎」。一方桐野が敗走を重ねている最中に、留守宅ではかつての夜這いの相手の妻幸江に、京都での愛人法秀尼が訪ねて「火宅の人」振りを描いている。こんな場面を挿入するのが桐野利秋らしく、また池波正太郎らしい。

 だが、本作品で池波正太郎唐突に「爆弾」を投げ込んでいる。それは明治の元勲、伊藤博文の若い頃における「歴史の闇」の疑惑。太平洋戦争に至る源流の明治維新に対して、池波正太郎は厳しい目を向けていたと思われる。そんな視線で、表と裏、善と悪が交互に行き交う「現実」を描くことを貫いた

 

 

 「世の闇を照らす」と題して紹介した池波正太郎の作品20選。昭和に活躍し平成2年死去。それから30年以上経過しましたが、この古くて新しい作品群は、従来の価値観が崩れ、政治や経済が混迷した現代に、光彩を発し続けています。

 司馬遼太郎は、明治維新を「是」としながらも、日露戦争から精神主義に陥ってしまったことを歎き、合理主義の精神を有していた「美しい」日本人を描くことで、戦後の日本人へ「エール」を送りました。

 対して池波正太郎は、どのようなものであれ権力は濫用され必ず腐敗するとし、その狭間で敗れる者、虐げられる者、そしてやむなく犯罪に手を染める者たちに光をあてました。

 その光は日々の生活に不合理を感じ、閉塞感を抱える人の心に、時を越えて「刺さる」。

 

 今年で生誕100年を迎えた同級生2人の役回りは、他の2組の関係を連想します。1組は、当時未開拓だった経済小説を「陽」と「陰」から切り開いた、城山三郎清水一行の関係。

 そしてもう1組、「陽」と「陰」に分かれて創作活動を長く続けた関係を、その内の1人が語った言葉を引用して、この稿を終わりとさせて頂きます。

みゆきさんの音楽って、たとえば私がせっかく乾かした洗濯物を、またジーっとしめらせてしまう、こぬか雨のようなんだよね。

でも、そうやってこれからも一緒に、日本の布地に風合いを出していきましょう。

 松任谷由実が語る中島みゆき   中島みゆき著『片思い』より(1987年刊)

 

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 次回からは信長・秀吉・家康の「三英傑」をそれぞれくくっていきます。

 それは中世の社会を破壊して、近世の体制を構築していくプロセス。

 但し、数多くある伝記的な小説は(感想を書き分けられないため?)ここではスルーして、

 ライバル、家臣、家族、そして特徴ある戦いをテーマにした作品を取り上げます。