小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

16 貸し込み 黒木 亮 (2007)

【あらすじ】

 右近祐介はメガバンク大淀銀行を退職後、ニューヨークで投資銀行を開業した。ある日見知らぬ人物、60歳を超える宮入治という人物から電話が入る。

 当時の大淀銀行が、外資キャピタルのパートナーで資産家、宮入治の妻悠紀子が脳梗塞患者となって意思行為がおぼつかない状態で21億円もの貸し付けを行い、その返済を迫られる。そこで貸し付け無効の訴訟を起こすも、大淀銀行から合併して東洋シティ銀行となった銀行はその非を認めず、既に退行している右近に全ての責任をなすりつけているというのだ。

 右近はその事案には全くタッチせず寝耳に水の話。自身の潔白を証明するためにも裁判に関与していくが、そこには日本の裁判制度の問題が待ち構えていた。

 

【感想】

 バブル期に行われた「貸し込み」の実態。特に三和銀行は当時の実力派会長の号令で収益力日本一を目指すため、相当無理な営業をしていたそうである。そして三和銀行に限らないが、「押し込み」のような営業や、変額保険などの無理な商品の売り込み、そして料亭の女将に数千億の融資を行う銀行。シェアハウスや投資用アパート・マンションに対しての貸し付けを、借主の収入を偽装するなどして行うなど現在に続いている問題もある。

 作者の黒木亮は三和銀行勤務時、バブル期にはまさにその渦中にいて様々な「無理な営業」を見ていたことだろう。主に海外為替部門などに在籍していたことや、「金融腐蝕列島」などで描かれる同行特有の「行内人事抗争」に嫌気がさしたせいもあり、退行して独自の道を歩んだ。しかしまさか退職してからこのような「とばっちり」を受けるとは思わなかっただろう。そう、本作品は登場人物を仮名にしているが、ほぼ黒木亮の実話に基づいた作品である

 

nmukkun.hatenablog.com

*バブル前後の三和銀行を舞台とした(と思われる)小説です。

 

 黒木亮の作品は余り感情を交えずに透徹した筆致で描くのが特徴だが、本作品は例外となって、ところどころに(やや下品な表現も含めた)感情の発露が「正直に」で出ている。読んでいても「さすがにこれはないよな」と思える銀行側の主張なので、当事者から見ればとんでもない話だろう。客観的にみればどうしても債務者、そして証人として陳述した「右近」側が負けるはずのない訴訟だが、ふたを開けてみれば右近の主張は全く受け入れられずに債務者側の全面敗訴となっている。

 医療裁判と同じで、証拠がほぼ全て被告側(銀行、病院)にあるため、いくら説得力のある主張をしても「証拠第一主義」であり、例えその証拠が偽造されたものであっても(!)、その証拠を元に判決が下される。そして裁判官としても、どうしても大きな組織の方を、個人よりも信用してしまう。変額保険訴訟などに代表されるように、さすがに最近は「債務者保護」の精神を持って裁判を進行しているように見えるが、以前はほぼ銀行の主張が通っていたもの。

 本作品はバブル時を代表とした「貸し込み」の実態、そして日本の裁判制度の問題、更には第一審後に「東洋シティ銀行」が不良債権処理でもたつき、存続の危機を迎えて局面が変わる様子(この辺は次作で取り上げます)などが描かれているが、最後にはミステリーのような展開もあり「てんこ盛り」の内容になっている。

 黒木亮はその後「法服の王国:小説裁判官」を発刊しているが、この畑違いの分野を描いたのも、本作品で日本の訴訟に否が応でも関わってしまったからだろう。経済小説ではないので取り上げないが、こちらも重量感のある、読み応えのある作品です。