小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

18 島のエアライン 黒木 亮 (2018)

【あらすじ】

 「天草エアライン」は、県と地元市町、地元企業の共同出資で2000年(平成12年)に創設された、地方自治体が単独経営する日本初の定期航空会社。天草から熊本、福岡、大阪を結び、観光や医療活動にも貢献している。人口15万人の地域に85億円の天草空港をつくることに対し、メディアから無駄な公共事業として大バッシングを受けた。

 それでも計画を続けるも、就航する航空会社が見つからず、熊本県は自前で航空会社を立ち上げるという無謀と思える決断に踏み切る。建設用地の買収問題から始まり、国への無数の許認可申請、20億はかかる飛行機の購入、操縦士や乗組員の訓練にも膨大な時間と費用。そして経営面でも運用規定の作成、予約システムの構築、人材や部品の確保等など。様々な難関がこれでもか、と襲いかかるが、気の遠くなる道のりを1つ1つ乗り越えて、素人の力で航空会社をつくり、そして運営していく「奇跡」の実話。

 

【感想】

 1998年(平成10年)5月18日、ニュースステーション久米宏が、この計画を進めている天草空港の工事現場を「陽炎空港」と呼んで、「無駄な公共事業の典型」と取り上げている場面がある(上巻116~118ページ)。実は私もこの放送の記憶が脳裏に残っていた。当時全国どこにでも空港を建設しようとしていた時期で、私も「無駄な公共事業の典型」と同じ感想を持ったことを覚えている。そしてローカル線の赤字問題はよく取り上げられていたが、「ローカル飛行機路線」は全く不案内で、本作品を読んで新鮮に思えると同時に、最初の「誤解」もあって頭が下がる思いで読み進めた

 昭和58年、時の熊本県知事だった細川護熙の時代から始まるローカルエアラインの構想。西武グループによるリゾート開発計画も加わるが、バブルの崩壊もあり計画は変更に次ぐ変更。但し「中止」には至らなかった。細川知事の後を継いだ福島讓二知事の決断もあり、飛行機会社に縁もゆかりもない地方公務員が中心となって、問題だらけの空港開港から飛行機会社の設立へ進んでいく。その過程は1つ1つの問題に情熱を傾け、そしてその姿を「見かねた(?)」周囲からの助言や協力も得て何とか進んでいく「七人のサムライ」がいた。

*新しい飛行機のデザインを表紙に登場させた下巻。

 

 そして初フライトまででも「お腹一杯」なのに、それからもまた問題が山積。日常で起きる様々な問題。飛行機の不調や修理の問題。優秀なパイロットが引き抜かれ、人員確保と社員教育の問題。その全てに莫大な費用が必要となり、経営がどんどん悪化していく。そこで日本航空OBの奥島透を社長に招き、経営改革を断行する。日本航空で現場第一主義を貫いた奥島社長が、その経験から飛行機の整備にも目を配り、社員に積極的に入り込んで問題を片付け、何とか経営を軌道に乗せる。

 本作品の最後のシーンは2017年(平成29年)8月。日常の天草エアラインを描く一方で、16年間稼働した飛行機がノルウェーで新しい役割を果たしている姿で終る。小説のラストをどうするかずっと悩んでいた作者。早稲田大学競走部で箱根駅伝では瀬古利彦から襷を受けた経験もある黒木亮は、アンカーを本作品の主役の一人である初代みぞか号が、天草から遠く離れた異国で、第二の人生を歩んでいる姿に任せた

 但し「物語」はその後も続いている。天草エアラインは、2019年に機長の1人が病気で乗務不可となり欠航が相次ぐ状態に見舞われる。またエンジン交換のトラブルで長期欠航を余儀なくされた。そしてコロナ禍に見舞われ、飛行機を巡る状況は厳しい環境が続いている。しかしこの長い年月、1人1人が知恵と汗と「あきらめない心」を持ってここまでつないできた「襷」を絶やさずに、これからも継続して運行を続けて欲しい。 ・・・・私にとっては誤解から始まった物語だが、今は素直にそう思える。

*作者黒木亮が、自ら出場した箱根駅伝を描いた自伝的小説です。