小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

17 小説 金融庁 江上 剛 (2008)

【あらすじ】

 父が株投資に失敗して、借金を苦に自殺する。少年期に父は銀行に殺されたとの思いを抱いた長男の松嶋哲夫は、大学進学を断念して銀行の監督を行う東北財務局に就職する。その後大蔵省本庁、そして金融庁に異動して、周囲も怖れる厳格な検査官との評判を得る。

 次男の松嶋直哉は、兄哲夫の金銭的な支援もあり東大法学部に進学して、兄が嫌っていた銀行の1つ、五輪銀行に就職して、エリート街道を突き進む。ところが五輪銀行は無理をして合併して大東五輪銀行となったが、その経緯で巨額の不良債権が隠され、その規模は銀行の存続を脅かすほどと噂されていた。

 奇しくも直哉の上司、実力派専務の倉敷は、兄哲夫が師事した検査官について、銀行との癒着について虚偽の証言をして、東京地検からあらぬ疑いをかけられて最終的に自殺した因縁がある。この兄弟が、検査をする側と受ける側に分かれて、隠蔽された不良債権を巡り対決する。

 

【感想】

 金融庁の厳格な検査に左右される銀行を描く小説は多いが、金融庁側を描く小説は少ない。それだけ秘密主義であり、またうまく設定をしなければ、小説として成立し難い点も理由として挙がられる。

 その点本作品は【あらすじ】で書かれた通り、これでもか!(笑)という相関図を設定して、因縁が因縁を呼ぶ人間関係を交えながら金融庁検査を描いている。やや都合の良い印象もあるが、そこは「第一勧銀4人組」出身の作者(笑)。勧善懲悪的な人物設定で専門的な内容を読みやすく描いてくれている。

 主人公の一人、松嶋哲夫は検査官として「原理主義者」として描かれている。竹中金融担当大臣を思わせる藪内大臣の配下で、バブル後の不良債権にのたうち回り、その後の正常な機能改善ができない銀行に対して「マニュアル通り」の検査を行い、銀行に自浄作用による機能改善を求めている。

 そして弟の松嶋直哉は、作者自身を投影した「正義派」として描く。エリートとして出世街道をばく進している中で、銀行存続の危機に見舞われる金融庁検査を受け、「どのような手を使っても」検査を凌ごうとする倉敷専務と、検査を機に本来の銀行の「役割」を戻して欲しい兄哲夫との間に挟まれる。

 その物語の奥行きを持たせるため、「原理主義者」の哲夫に対しても、兄弟の絆を描き、哲夫を単なる原理主義者ではなく兄弟の間では「人情派」として描いている。仕事でも様々な局面でも慌てずに理路整然とした対応をさせると同時に、師事した先輩に対する思いや、上司や部下に対しての人間臭い関係を描くなどをしている。

 

  *幾つかの経済小説に登場した、渡辺滉会長(産経ニュース)

 

 もう1つは、合併行における吸収「した側とされた側」の立場を描き、重要資料の改ざんや隠蔽を行うやり口を描き、それを金融庁にリークする「事情」も説得力を持たせている。1988年に三和銀行の頭取に就任した渡辺滉(ひろし)は、同じ関西系の住友銀行に追いつけ、追い越せと、「覇道」による強力なセールスをバブル時に展開して、一時は収益力No.1になるほどの成果を上げた。 しかし、特にバブル崩壊後はその反動が大きかった。不良債権が巨大化したこともあるが、人事的にも「体育会系」の行風等で、合併の際は当初希望の首都圏に基盤を持つ財閥系銀行からは断られ、東海銀行と合併してからは「緑化作戦」によって旧東海銀行側の恨みを買い、また内部でも先輩後輩の関係が強いことから学閥などによる内部抗争が激しく、怪文書などの内紛が絶えなかったという

 直哉はそんな銀行内で正義を通し、結局は銀行を退職する。その後どのような人生を歩んだか興味あるところだが、兄の哲夫も、「金融庁絶対主義」とも言える時代が過ぎて10年超。現在どのような仕事をしているのか興味のあるところである。

 

 

nmukkun.hatenablog.com

*旧三和銀行をモデルとした(とされる)作品が並びました。