小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

11 貸しはがし資金回収 杉田 望 (2003)

   楽天ブックスより

【あらすじ】

 藤和銀行と中部銀行が合併して、藤和銀行大阪梅田支店からみのり銀行の東京本部に転勤した、藤和銀行出身の島津雄三42歳。子供の関係もあり初めての単身赴任で無聊を慰める場所が、千駄木の団子坂途中にある割烹「高洲」。昔からこの界隈で商売を続ける人たちが集まり、太平楽なことを語っては時間を潰しているが、その常連の1人が銀行の厳しい「貸しはがし」に会い、自殺する。

 「お客様サービス室」に勤める島津は心を痛めるが、「中小企業向け貸し出し推進室」の異動を命じられる。竹中金融担当大臣による自己資本増強の圧力がかかるなか、銀行として、そして自分の立場でできることは何かを見つめ、少しずつ周囲を変えていこうとする。6編からなる連作集。

 

【感想】

 小泉内閣で構造変革に取り組んだ中に、竹中金融相による自己資本拡充を原則とする金融機関の「選別」、というより「淘汰」の政策があった。その反動で銀行はバブル期の貸し出し姿勢から180度転換して資金回収、所謂「貸しはがし」に取り組まざるを得なくなる。

 この急激な方針変換は銀行への不信感を中小企業に植え付けた。その間隙を縫って勢力を増した商工ファンド系の貸し出しが増えることで、中小企業の経営状態は泥沼化してしまう。一方でこのようになり振り構わない回収をした銀行も無傷ですまされず、救済とも言える吸収合併の運命に見舞われた銀行もいくつか発生した。

 支店長までやって来て、頭を下げて借りてくれ、と頼まれた借入金。支払が遅れてもないのに、引当金負担を軽減するために、担保の増強を求められる不合理。そしてサービサーへの債権譲渡を匂わす銀行側。本来は貸出をして、利息をつけて返済してもらう「利鞘」で儲けるはずの銀行が、自分の首を絞めた行為をしなければならない矛盾。借り手側も貸し手側も、目的と手段が完全に入れ違ってしまう時代だった

 銀行側はそれだけ必死の状況。島津の同期であるエリート行員が、自己資本増強を目論むため外資との「タフ・ネゴシエイト」の過程で「憤死」する。そして島津も知らず知らずの内に、仕事で追い詰められて、危篤状態となって緊急入院する。そこで家族との時間が久しぶりに取れて、「人間」として生活することの重要さを知る。

 

nmukkun.hatenablog.com

 

 本作品では「みのり銀行」は、日本一とも言える「山田自動車」の後押しで中部銀行サイドが有利に展開しているように描き、藤和銀行出身の島津と対比させている。その点は高杉良の「金融腐蝕列島」で三和銀行東海銀行を「同化させる」過程を描いていたために(面倒だから銀行名を実名を書いちゃった!)、ちょっとした違和感が生じた。そしてそんな同化作戦も井の中の蛙で、本作品でも触れているスーパー「スリーエー」の巨大負債の影響もあり、「みのり銀行」自体が吸収される運命にある。

 本作品はそんな厳しい事実を主題としているが、不思議と読後感がいい。千駄木を地元とする昔ながらの職人や商売人の「粋」。そして主人公の島津もその地域に合せて、背伸びをせずに自分でできることを工夫して進めて、結果を出していく。「泥の中」とも思える銀行業務の中でも、その将来を信じてしっかりと地に足のついた考えの中で仕事を続けていく。作者も本作品は、一時バブルに揺れた千駄木から生まれたが如くと、「あとがき」で触れている

 それにしても、あの「竹中金融担当大臣」のエキセントリックな政策は何だったのか。嵐が過ぎ去るとそんなことがあったのが信じられないほど、「金融庁」の存在が薄れている。

  

千駄木の団子坂は、江戸川乱歩「D坂の殺人事件」の舞台としても有名です