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【あらすじ】
旧財閥系の合繊大手トーヨー化成で、中堅社員では筆頭株と自他共に認める森雄造は、常務の川井が主張する拡大路線を批判した。その後川井の不正を指弾する投書が社長宛に届くと、川井は森の仕業だと勝手に決めつけた。
川井は部下に森のあら探しを命じ、懲戒解雇に追い込もうとする。追い込まれた森は、自分の人生に陰を落とさないためにも、正面から立ち向かうことを決断する。
【感想】
森を懲戒解雇にしようと画策した「川井常務」のモデルは、海軍兵学校を首席で卒業し、恩腸の軍刀を拝領したという秀才。近々社長に就任することを疑っていないが、それだけに自分の意に沿わないと許さないエキセントリックな性格。主人公の森は、そんな男を知らず知らずの内に敵に回すことになる。
社長表彰を受けるほどのエリート社員に対して、常務は敵対したと思い込んで、就業規則を持ち出して、その「どれかに」該当させて懲戒解雇を求める異常な心理。さすがに周囲からは反対の意見が出るも、実力者の常務は様々な圧力を駆使して、1人また1人と森の味方を脱落させていく。森と同期で人事課長の仁科は、影に陽になって森を支援するが、仁科の上司も川井常務の圧力に負け、懲戒解雇を進める立場となってしまう。対して作中で語る森の思いは、人間として普遍的な要素を含んでいる。
「もし、俺がこんな理不尽な暴力に屈服して依願退職にしろ、懲戒解雇にしろ黙ってうけていたら、両親に対して、妻子に対して、友人や恩師に対して顔向けできると思うか。(略)唯々諾々と従っていたら、俺の人生に陰が出来てしまう・・・・」
これだけの気持ちを持って、会社にそして権力者に対して立ち向かえる人間がどれだけいるだろうか。特に当時は終身雇用制で会社第一主義の時代である。森はこの思いを胸に刻み、その後の人生を胸を張って生きていくためにも、会社を相手に地位保全の訴えを起こすことになる。
当時騒がれた「エリートの反乱」。これにより世間からの注目も受け、会社側も態度を軟化する。「常務」とは刺し違えの形で、会社員としての地位は保証されるが、出向として会社を去り、働き場所を変えてサラリーマン生活を続けることになる。
作者高杉良は本作品を「リアリティとエンターテインメントの両方を追求できた」と自負しているが、まさにそんな出来映え。取材で合った「森」や「仁科」も忘れられないという。サラリーマンとして、いつ自分の身に降りかかるかわからない「不運」と、それに立ち向かう1人の人間、そして友情の物語。
森のモデルは、当時日本を代表する石油化学メーカーの三菱油化で、技術系の課長職にあった所沢仁(しょざわ ひとし)氏。この物語の後、所沢が出向した日本エネルギー経済研究所では、作者高杉良が「嚢中之錐(のうちゅうのきり)」と評した通り活躍し、自らの実力を「日本に留まらず」遺憾なく発揮する。
その活躍が縁で日本インドネシア科学技術フォーラムを設立して、数千人ものインドネシア人理系学生の日本留学を支援し、インドネシアを技術立国にする計画を支援する役割を担う。日本からも一線級の技術者を派遣するなど尽力し、当時のインドネシア大統領からは最高顧問の待遇で、最大級の勲章を授与されるほどの信頼を受けた。その後支援は近隣諸国にも広がり、NPO法人アジア科学教育経済発展機構を設立して、理事長として陣頭に立ち、日本と東南アジアの技術交流に尽力した。
2014年7月11日、所沢 仁氏 死去。享年78歳。
その人生を振り返る時、「陰」は微塵も映らない。