小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

5 生命燃ゆ 高杉良 (石油化学:1983)

【あらすじ】

 昭和電工が大分で取り組んだ巨大石油化学コンビナート建設と、電算機による完全制御システムの構築、そして中国大慶との技術交流などを全身全霊をもって取り組み、人々の胸に刻み込まれたエンジニアの柿崎仁。

 多くのプロジェクトを抱えて、家族にも向き合い、白血病に冒されてからも、45歳で亡くなる直前まで会社に尽力した。「未練はあるが、悔いはない」と言い残した言った男を通して、仕事とは何か、そして家庭とは何かを問いかける。

 

【感想】

 ミドルの立場で会社にどのような意識で帰属して、そしてどうやって尽くすことができるのか。現代版「御恩と奉公」をとことん追求した物語。終身雇用制で日本型経営が取り組まれていた中、社員たちは持てる力を振り絞って、相違と工夫で会社を成長し成功するために頑張ってきた。そこには決められた仕事という意識はない。より良いモノづくりへの魂が感じられる。

 主人公の柿崎仁(本名は垣下怜:さとし)もそんな「会社員」の典型的な一人で、特別な男ではない。仕事に全身全霊を持って打ち込んで、弱視にも関わらす平日は深夜まで、そして土日も惜しまず仕事を仕上げ、その向上に努める。家族に対しては少ない休みには交流に努力し、妻の協力を受けながらも、子育ては「背中を見せて」行い、会社員としての役目を果たしていく「昭和の男」。そして最後に白血病に冒されて市を目前にしながらも、あくまで仕事をしていく姿。最後は涙を禁じ得ない。

  

  昭和電工大分コンビナート(昭和電工HPより)

 

 但し、天邪鬼が私の奥底に潜んでいる。これだけの感動作に冷や水をかけるようで申し訳ないが、まず昭和電工という会社は、1948年に表面化して芦田内閣を総辞職に追いやった一台収賄事件の「昭電疑獄」や、内部資料をすべて隠滅して証拠隠しを行った第二(新潟)水俣病の原因となった会社。第二水俣病は「冤罪」として徹底抗戦を主張する柿崎の姿は、違和感が残る(立場によって、見方は変わるが)。

 また、大分に社員が集まっているからか、土日も含めて勉強会を開催したり、企業選出で選挙活動の応援を行うのはちょっと行き過ぎの印象は拭えない。選挙運動は、それこそ悪評を払拭し地元に溶け込むための運動だったかもしれないが、これでは皆息を抜く間もない。

 ただ誤解を恐れずにいうと、昭和の企業とはだいたいがこんなもの。「自己研鑽」の名のもとに、時間内でできない仕事は能力が足りないからと、時間外労働を行う。無尽蔵の「カイゼン」努力で、まるで何層にも漆塗りを重ねて仕上げる「熱」が当時はあった

 それが「日本的経営」の1つの真実であり、それを突き詰めて「ジャパン アズ No.1」となった。ところがバブルの崩壊でその幻想が崩れる。「御恩」を忘れ「奉公」だけを強いるブラック企業が蔓延するようになり、政府はその対策などで「ライフワークバランス」や「働き方改革」を打ち出して、会社員を取り巻く状況は様変わりしてしまった。

 昭和には「御恩」を感じて、少しでも良いものを作りあげるために、時間を惜しまずに「奉公」をした「柿崎仁」がどの会社にも存在した。今の会社員にそこまで求めてはいけないが(私も応えられません・・・・)、このような先人たちがいて、敗戦後の日本を経済大国に押し上げていったのも一面の真実だろう。この思いに対しては「天の邪鬼」は顔をださない。

 余談になるが、高杉良の初期は石油化学業界を扱っている作品が多い。これは高杉良が元々「石油化学新聞」で編集長まで務めた経験が大きい。この時に急性肝炎で入院して、会社に対して負い目を感じたこともあり、作家として身を立てることを決意したという。

*1992年にドラマ化されました。主人公は、この人しかいないと思わせる渡哲也が好演しました。