小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

3 当社別状なし 城山 三郎 (1963)

【あらすじ】

 地方の鉄鋼会社の社長と務める中丸富五郎は、会社を大きくするために、尾川利夫という敏腕の技術者をヘッドハンティングしようとする。尾川も最初は中丸の話を断るが、尾川の家族も巻き込む強引な誘いで、入社することになる。

 ところが入社した尾川は、中丸の会社を私物化するやり方に驚き、諫言を繰り返すも中丸は聞き入れない。そして中丸の傲慢経営が進み借金が増えても、粉飾決算を繰り返して高額の配当金や借り入れを行い、どんどん設備投資をする。それでも中丸は胸を張る。「当社別状なし」と。

 

【感想】

 山陽特殊製鋼の倒産をテーマにした小説。経営者の萩野一は元々戦争の時は憲兵をしていたが、終戦後はGHQに取り入り、瀬戸内海に堆積していた旧日本陸海軍の砲弾処理作業を請け負った。処理した爆弾を当時は機長だった鉄のスクラップにして売り込み、二重に利益を得て巨額の富を得て、それを元手に山陽特殊製鋼を買収し、1948年社長に就任する。経歴から見ても怪しげだが、気を見るに敏、とも言え、そして「アクの強さ」は小説と肩を並べる。

 主人公の中丸は会社を自分の意のままにするために社の内外にスパイを放ち、金を湯水のように使い、目的のためなら土下座をすることもいとわない。信心深い心を持ちながらも、人を人とも思わない振る舞いをする「歪んだ性格」。戦後の混乱期から徒手空拳で成り上がった「アクの強さ」に圧倒される。その人物像は本作品だけでなく、傑作「華麗なる一族」のモデルにもなった。

    山陽特殊製鋼(ホームページより)

 

 資本金の3倍以上の高額な設備をフランスから導入したり、引き抜き・リストラ・理不尽な人事で会社を私物化してワンマン経営に突き進み、高度成長期にもあたり一時的に成長するも、財務内容は火の車で、その実情を隠すために粉飾決算を繰り返し、表向きは「当社別状なし」と答える。

 コンプライアンスブラック企業のチェックもない時代。個人の成功体験がそのまま会社の方針となり、ワンマン経営を抑える者がいなくなる。普通の人ならば誰もが心の底にある、「決断」をする時に頭を持ち上げる不安材料。それを「抹殺」して自分の意見を貫き通す魅力的な人物を見ると、ついつい迎合したくなる。

 そして人を魅了する「魔法」がきれると、今度は人事やスパイなどで会社を掌握して、自分の意の通りに動かそうとする。直言する側近がいないと、そして直言する側近を受け入れないと、会社は転落の一途を辿ることになる。

 カリスマの転落劇も経済小説の1つのモデルであり、城山三郎はここでも先鞭をつけた。現実の経済活動を見ても、当時から現在に至るまでに多くの類似事例を思い浮かべることができる。

 本作品のモデルである荻野一は会社を倒産させたあと、数期に渡る粉飾決済や、会社からの不正な借入金が明らかになり、商法及び証券取引法違反の疑いで逮捕・起訴される。また破産管財人によって民事の損害賠償請求も行われ、私邸は差し押さえとなり、失意のうちに1981年、83歳で死去する。その生き様で経済小説の傑作を2つ生み出す「成果」を残して

 「魚は頭から腐る」とはロシアのことわざ。転じて「会社は頭から腐る」。トップが腐ると優秀な部下は逃げ出すか、又は排除される。そして残った部下たちは事なかれ主義となり、会社の機能は縮小再生産に陥っていく。但し残った社員も働く場所を与えられれば、大半はキッチリと働く人材のはず。

 トップに恵まれない社員の悲劇。その会社を選んだ社員の自業自得を言う人もいるが、運も大きく作用する問題。その悲劇は「常在戦場」を怠り、緊張感とイノベーションを欠けた日常を過ごしたため、近隣からいいように刈り取られて敗走して命を落とす、戦国武将の部下の悲劇に重なる

 

*モデルとなったもう1つの小説は、木村拓哉が主演でドラマ化され、視聴率を稼ぎました。