小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

4 価格破壊 城山 三郎 (1969)

【あらすじ】

 戦場での体験から生まれた思い。「全ての物は腐っていく。回転させなければならない」と確信した主人公の矢口が、流通市場という当時圧倒的な資本力と技術力を持つ「メーカー」が立ちはだかっていた「暗黒大陸」で、退路の無い歩みを進めていく。

 製薬会社から食料品、生活必需品から家電へと取扱品は広がり、そして「価格破壊」も様々な抵抗を受けながらも、消費者を味方にして突き進み、矢口の率いる総合スーパー「アロー」は、小売業の王者になっていく。

 

【感想】

 作者は明言していないが、中内功(功の本名は「工」+「刀」)とダイエーをモデルにした、主人公のエネルギーが詰まった「熱を帯びた」作品。中内も戦争で飢餓に会い、生死の境目をさまよった強烈な体験がある。

 冒頭で主人公の矢口と大学で同級生だった電機メーカーの社員が、信号無視をして何かに憑かれたかのように歩む主人公矢口を車で轢きそうになる。その場面は主人公矢口の行動を象徴するとともに、「中内功」の人生を期せずして暗示する。

 当時再販制の対象で、値引き販売が規制されていた一般用医薬品の大安売りを強引に始めて、製薬会社からの圧力を受ける。商品を仕入れるために日本中の現金問屋を訪ね歩くが、一度売るとその問屋がわかってしまうため2度と買えず、どんどんと仕入れ先が遠方になる。やがて日本の果てまで流れ着くところで、ついに製薬メーカーを屈服させる形で認めさせて、暗闇を抜けることができた。

   

 

 そして総合スーパー「アロー」を開業して、製薬業界で成し遂げたことを、様々な品目で突き進める。消費者にいかに安く、そして「回転」させるために様々な箇所で「詰める」。それは業界での軋轢を生み、社内でも担当部署ではかなりの「圧」になるが、矢口は決して屈しない。

 冒頭で描かれた大学の同級生も、家電メーカーの一員として「敵」に回るが、矢口は正論をかざし、公正取引委員会なども巻き込んで「暗黒大陸」に光を灯していく。一方でプライベートブランドの設立や、家畜などを直接育てて販売するなど、小売業の先駆けとなる斬新な手法も取り入れている。

 また城山三郎は、主人公を際立たせるための「補助線」の引き方も巧みで、それが本作品でも生きている。矢口の安売り攻勢で廃業した町の薬局の娘を矢口の元で働かせて、「アロー」の内部から、そしてライバル店の店長に引き抜かれて、「アロー」の外からと、様々な視点から、矢口の経営哲学を描いている。更に地元のお好み焼き屋の店長が、アイディアで勝負して矢口を感心させ、また挫折する姿を描くのも、「アロー」の経営方針を際立たせている。

 本作品で「アロー」は首都圏で創業させているが、ダイエーは主婦の店として神戸で創業、そして1964年には「レインボー作戦」と銘打って首都圏進出を決行する。この作戦により全国ブランドとして認知され、1972年には小売業として売上トップにまで登り詰める。

 但し店舗を展開しては、新しい店舗を担保に更に店舗を増やす拡大路線は、バブルの崩壊で急激に頓挫する。土地の下落のよる担保不足と有利子負債の増加、そして売上の減少と消費者の嗜好の変化で経営は迷走。2001年、経営悪化の責任を取って中内功は社長を辞任し、ダイエーは再生産業機構の管理下に入る。そしてその管理下の時代、2005年に中内功は失意の内に死去する。

 本作品はそんな中内功の絶頂期をモデルとして描いたため、信念を通す男として終始描かれている。対して1998年に佐野眞が上梓した「カリスマ」では、中内功の影で虐げられた部下や親族も描かれた「暴露」的な内容も含んでいる。

 但しどちらがいい、悪いの話ではない。本作品は日本経済も、そして経営者も「坂の上の雲」の時代を描いた物語。中内功の小売業界における役割は、「価格破壊」という言葉とともに広がり、その功績は計り知れない。

*こちらはかなり暴露的な文脈で描いています。