小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

2 小説 日本銀行 城山 三郎 (1963)

【あらすじ】

 戦後の占領下で絶大な権力をふるった日本銀行。そして大蔵省との対立の中で、「法王」と呼ばれた一万田総裁が君臨していた時代。狂乱したインフレを終息させようという理想に燃えた若手日銀マンの津上。彼の一途さ故にエリートコースから蹴落とされていく姿を様々な視点から捉えて、日本銀行という組織を浮き彫りにする。

 

【感想】

 本作品の初読は学生の頃だが、何て暗い話だろうと思いながら読んだ記憶が残っている。前に紹介した「男子の本懐」(発刊はこちらが先だが、紹介順序を逆にしました)では、井上準之助が闊歩していた日本銀行が、暗く重い雰囲気に押しつぶされるような印象に変わった。日本銀行での「官僚」たちの処世術と、足を引っ張り合う「宮廷政治」を見せられて、日銀の政策立案を目的として読み始めた当時の期待は、見事に裏切られた。

 戦後の混乱期、スーパーインフレが加速する中「通貨の番人」としての役割を果たそうとする日本銀行の若きエリート津上。本店で将来を嘱望される津上は、愚直に勉強を重ね、夢と現実を、そして華族出身の令嬢との恋愛を見つめながら、自分が正しいを思う道を探る。但し自分が正しいと思う道も、周囲が正しいと判断するかはわからない。そして同じ判断でも、判断をする「人」によって周囲の評価は変わる。宮廷には「分限」があって、それを逸脱することは許されない

 津上に対して、現実肌の先輩長谷川は忠告するが、その長谷川も周囲にトラブルが起きてエリートの道から外れてしまう。そして津上も家族のトラブルがきっかけで、周囲の誤解もあり婚約者は離れてしまい、日本銀行の確固たる独立を夢見ながらも地方に左遷されることになる。

    *一万田尚登日銀総裁ウィキペディア

 

 この1963年という経済小説の黎明期に、城山三郎はその後の経済小説の見本となる組織の描き方と主人公の転落を描いた。なお左遷した先輩が古い紙幣をより分ける作業をする姿は、横田濱夫が「はみ出し銀行マンの勤番日記」で内部告発をする度に異動を繰り返し、最後に人の汗が染みこんだ大量の硬貨を回収する担当になったことと重なる。やはり古くて新しい経済小説の「先駆」的存在。

 物語の舞台となった時代は、1949年に池田勇人が1年生議員で大蔵大臣に任命された頃。対して「法王」一万田日銀総裁との関係が、当時の対立関係を微妙に表現している。その前年にはGHQは「ドッジライン」を指示しており、スーパーインフレに対する厳しい緊縮財政は、「通貨の番人」日銀が大蔵省よりも上の立場になったが、日本全国で不況が続くことになる。実際に大企業や国鉄で大量の首切りと労働争議に発展し、国鉄の3大事件(下山事件三鷹事件松川事件)が続いて起きる背景になる。「デフレが進行すると経済は眠りにつく。そして日銀総裁は眠れない夜が続く」。そんな、世の中に「冷や水」を浴びせるような「通貨の番人」としての日本銀行の役割を城山三郎は描く

   池田勇人(総理になる前の画像;ウィキペディア

 

 ドッジラインは不況を一時的に招いたが、翌年の朝鮮戦争勃発による「特需」で、日本経済は急速に回復を示し、「もはや戦後ではない」と言われる時代に突き進む。そして日本銀行で独裁を続けてきた一万田が1954年に総裁を辞任し鳩山一郎内閣の大蔵大臣に就任する。結果から見れば政府側にとって見事な人事で、大蔵省と日本銀行の関係は完全に定まって現在に至る。

 そんな視点から現在の日本銀行を見ると、完全に内閣の政策を行う上での手段となっている状況に「首を傾げる」。日銀と政府は対立しなければそれに越したことはないが、一万田以降の日銀総裁は、中には独自の対応をして「独立性」を守ってきた人物もいる。対して現在の日本銀行は「スーパーインフレ」まで至っていないことは理解しているが、その政策は「首を傾げる」

 そんな古くて新しい日本銀行の役割を、戦後まもなくという混乱の時期を活かして、一人の信念を持った若者の挫折をを通して描ききった。