小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 異端の大義 楡 周平 (2006)

【あらすじ】

 高見龍平は総合商社に勤めていた父の勤務地である米国で教育を受け、日本の大学を出て東洋電器に入社する。海外留学でシカゴ大学のMBAを取得し、シリコンバレーでR&D(研究開発)部門の責任者となっていたが、外国の半導体産業の攻勢により撤退を余儀なくされ、部門閉鎖を行って8年振りに日本に帰国する。

 同期入社の湯下武郎は同族経営の経営者閥にあり、人事畑で出世を重ねていた。但し部下の従業員と不倫を重ね、社内結婚した妻を顧みない生活をしていた。妻同士が社内の同期で友達でもあるため、高見は湯下に苦言を呈するが、湯下は逆恨みを思い、高見を過酷な現場へと追いやる。その頃、東洋電器自体が経営危機に見舞われようとしていた。

 

【感想】

 久々に骨太の経済小説を読んだ気分山崎豊子の「沈まぬ太陽」と黒木亮の外資を舞台にした小説を足したような読後感。しかも恐ろしいことに、今から読めば所々の事象は良く取材していると言えるのだが、これらがほとんど近未来の予測小説でもあること

 2009年、富士通が山形工場から撤退して現地の雇用に影響を与えた「事件」は、当時山形県に居住していた私は記憶に残っている。本作品では岩手工場の閉鎖を決定し、人事本部長の湯下は「首切り」の役を高見に命じる。

 この工場閉鎖のくだりは、周辺の地域事情、自治体の立場、そして地元民の事情などまで丹念に描かれて、ともすれば本筋から離れ、やや冗長気味にも思える。しかし、岩手県出身で過疎となる田舎を再生する「プラチナタウン」も描いた楡周平としては、「手を抜けない」場面だったのだろう。

 

 R&D部門で活躍した高見が、岩手工場から更に不振の販売部門に異動され、慣れない仕事に精神的にも追い詰められて流石に退職を決意する。シカゴ大学MBAもあり、何とかなるかと思われたが、ヘッドハンティング会社からは「今までに退職をしなかった決断力不足が影響する」と、浪花節的なアイデンティティに対する指摘を受ける。

 実際高見は様々な目に遭っても会社のために諫言も辞さず真っ直ぐに生き、高見を左遷させた湯下にも同期としての信頼も寄せるなど、あまりにもまっとうすぎる描写となっている。そして父の病気も被せて、人間として非の打ち所がない性格はちょっとどうか。但し息子の就職活動に「同族会社だけは止めろ」とアドバイスしたのは、せめてもの抵抗か。

 偶然からアメリカの「カイザー社」(フィリップスがモデル)の上席副社長と懇意になった高見は、カイザー社に移り、そこで東洋電機の子会社化のシナリオを作り上げ、人事担当の常務取締役として東洋電機に返り咲き、湯下の後釜に座ることになる。「勧善懲悪」劇でほっとする着地となったが、その中身は濃く、リアリティに裏付けされている。

 三洋電機は高見も言及したが、同族経営の目を逸らすため、2004年にいきなりジャーナリストの野中ともよ社外取締役に就任させ、その後CEOに抜擢する。しかし余りにも「見え透いた手」で、2006年には解任。2005年にメインバンクの三井住友銀行と、ゴールドマンサックス及び大和証券系ファンドで第三者株式割当てが成立し、経営陣にメスが入る。それでも自力再建は挫折し、結局は「元の鞘」であるパナソニックの子会社として、その波乱に満ちた社歴を完結させた

 この後シャープが、そして東芝が経営危機を迎え。「電子立国」は凋落する。