小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 テロリストのパラソル  藤原 伊織 (1995)

【あらすじ】

 アル中のバーテンダー・島村は、20年前に学生運動で共に闘った友人・桑野と爆弾事件を起こし警察に追われていた。そのため名前を変えてひっそりと暮らしている。新宿中央公園でいつものように、朝からウイスキーを飲みながらウトウトしかけたその時、突然爆音が響く。何らかの爆発物が爆発し、死傷者が多数出る。その中に桑野や、3カ月だけ同棲したことのある女性・優子が含まれていたことを知る。爆発現場に置きっぱなしにしてしまったウイスキーの瓶から指紋が割り出され、島村は今回の事件でも疑いがかかることに。否応なく事件に巻き込まれ、島村は犯人を見つけようとする。

 

【感想】

 メフィスト賞誕生前の最後に紹介するのは、江戸川乱歩賞直木賞のW受賞を遂げた名作。冒頭で描かれる島村が新宿中央公園でのんびりと過ごす情景が、突如起こった爆発に一変する場面は、読み手の心を一瞬にして捉える印象的な描写になっている。

 学生運動で挫折して転落した中年男が、爆破事件をきっかけに、今まで隠していた能力を覚醒させて、謎を追跡していく物語。その主人公・島村はアル中で、自身でバー(バーの名前が「吾兵衛」と偏屈)を営んでいるが、食べ物のメニューはホットドックのみという、変わっていてこれまた偏屈な設定。但しそのホットドックが食べると唸るほど美味いというのだからわからない(村上春樹がデビュー前に営んでいたジャズ喫茶で、ひたすらサンドウィッチを作っていたという話を思い出す)。

 これだけの作品だが、主要登場人物は驚くほど少ない。あらすじで書いた桑野と優子。優子の娘で主人公・島村と一緒に謎を追う塔子。そして島村に何故か手を貸す、元警官で現ヤクザの浅井。

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 桑野は20年前に学生運動を共に闘い、共に降りた仲。爆弾捨てに行く途中で車が故障し、爆弾が暴発する。2人は助かったが、警察官2人が巻き添えになり亡くなってしまう。警察は島村と桑野を闘争から降りたとは知らず、警察を攻撃したとして捜査の手を緩めない。そこで島村は名前を変え、桑野は一時海外に逃亡する。その桑野がかつての恋人でよく3人で一緒に語らった優子とともに爆破事件で死亡し、島村は公園に残った瓶の指紋から犯人として手配されることになる。

 初読の時は30代で、私は学生運動を知らない世代。中年のダンディズムが仕草や会話に表れ、学生運動を背景としたノスタルジーも溢れていて、W受賞を遂げたのも当時の「文壇向き」なのかと最初は思ったもの。しかし読みやすい文章や「標的」に向けて進む主人公の生き様、そして「標的」の凄まじい過去を知ると、ハードボイルドとして1級品との印象に一変する。また作品の内容とは好対照な題名が、本作品にはよく映える。

 作者藤原伊織東京大学から電通に就職したエリート(とは言え、乱歩賞応募の動機が、ギャンブルで作った借金の返済だというww)。しばらくは二足のわらじを続けたが、2002年に退社。ミステリーではないが、広告代理店に勤める「ダンディ」な中年男を描いた「シリウスの道」が印象深い。

 2007年には食道癌で59才の若さでなくなるが、近年における電通の報道から、過酷な労働もあったのではないかと邪推してしまう。同業の広告代理店・博報堂に勤めた経験を持つ作家、逢坂剛は、職業柄別れの場面では、常に相手が顔を上げるまでお辞儀をしてきた。しかし逢坂が顔を上げてもまだお辞儀をしていた唯一の人物が藤原伊織だったと語ったエピソードが忘れられない。

*本人がモデル? 広告代理店の内部を生々しく描いた傑作。