小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

13 王朝序曲(藤原冬嗣) 永井 路子 (1993)

【あらすじ】

 天武・持統の皇統が称徳天皇で途絶えると、藤原式家の百川の暗躍によって、皇族の中でも末席にあった天智天皇系の白壁王が62歳という高齢で光仁天皇として即位する。皇太子は称徳天皇の異母姉である井上皇后の子他戸皇子となったが、呪詛の疑いを持たれて皇后と皇太子が共に廃され、2人とも謎の死を遂げる。女系でも天武の皇統が断絶する一方、ここでも藤原百川の活躍によって、百済の渡来人系の母を持つ山部皇子が、異例の形で桓武天皇として即位をする。

 

 桓武天皇は、我が子がいるにも関わらず僧侶の弟、早良皇子を還俗させて皇太子とする。一方藤原北家の内麻呂は、百済の血を引く妻を桓武天皇に仕えさせて息子、安世を生ませる。桓武の子安殿皇子百川の子藤原緒嗣、そして内麻呂の子で安世の異母兄にあたる真夏の3人は同じ年で意気投合し、能力もあって将来を嘱望されていたが、「独裁者」桓武天皇によって運命が翻弄されていく。

 

 そんな3人を一歩離れた距離から真夏の1歳年下の弟、藤原冬嗣。聡明で人の心を読み取る才能を持つが、世の中を冷めた目で見つめる人物。桓武天皇を巡る人間模様を、兄真夏の情報を元に紐解いていく。

 

 桓武天皇は人心一新を狙い長岡京遷都を強行するが、遷都の責任者だった藤原種継が暗殺され、背後に皇太子の早良皇子が関与していたと耳にする。子の安殿親王に後を嗣がせたいと心変りしていた桓武は早良皇子を捕らえると、皇子はそのまま食を断って絶命する。その後長岡京は洪水などが起き、早良皇子の祟りを恐れた桓武天皇は再度遷都を強行する。

 

 皇太子となった安殿親王だが、妃となった娘の母、藤原薬子に母を見い出し惑溺する。父桓武天皇は不義の関係に怒るが、安殿親王も父の女性遍歴や祟りを買う所業を盾に譲らない。そのまま父と子は和解できずに桓武天皇は没し、安殿親王は即位して平城天皇となった。

 

 

 *桓武天皇ウィキペディアより)~強引なやり口は、その後の皇室に禍根を残しました。

 

 平城天皇は即位すると、父の政治を次々と覆していく。桓武天皇に寵愛された百川の息子藤原緒継は表舞台から去り、代わりに安殿親王時代から仕えていた藤原真夏が重用されていく。平城天皇は即位すると、桓武が寵愛していた伊予皇子ではなく、軽く見ていた賀美能皇子を皇太子に据えた。皇位には遠い賀美能皇子に、気楽に仕えていた冬嗣も、突然政局の表舞台に押し出される。

 

 平城天皇はライバルの伊予親王を、謀反の疑いありとして幽閉し死に至らしめる。すると父桓武から続く「祟り」の輪廻が平城天皇も蝕んでいく。体調を崩しついに譲位して、賀美能皇子が嵯峨天皇として即位した。ところが上皇となった平城は故郷平城京に戻ると健康が回復し、藤原薬子も勅旨を乱発し嵯峨天皇と対立していく。

 

 2人に仕える真夏と冬嗣の兄弟も微妙な関係となっていった。

 

 

【感想】

 奈良時代末期から平安初期にかけて、孝謙称徳天皇から光仁天皇への「劇的な」皇統交代劇から、桓武天皇専制政治、そして薬子の変までを描いた大作。その変遷を物事をやや斜めから見る「軽やかな策師」、藤原冬嗣を主人公として描いた。

 あらすじにも書いたが、奈良時代は天武・持統の皇統が続き、天智系の白壁王と山部王は、皇位からは全く遠い存在。それが道鏡皇位継承事件から藤原百川の策略によって白壁王は光仁天皇に、山部王は桓武となる。

 この政権交代劇は、周囲の貴族たちにも影響を与える。没落していく者、浮かび上がる者、奸計にハマる者。そして運命に弄ばれる女性たち。ちなみに本作品では系図が度々挿入される。桓武天皇が蜘蛛の巣の中心となって幾人もの女性が繋がり、それが藤原の各家にも影響を与えている。そして時間の経過とともに系図もどんどんと複雑に「成長」していき、さまざまな角度から系図を切り取らないと、全貌が見えてこない。

 

 *桓武天皇の思惑に反して(?)権力を握った嵯峨天皇ウィキペディアより)


 権力を手中とするために数々の親族を犠牲にしていき、そして老いると犠牲にされた者の祟りを恐れる輪廻。一番の皮肉は、弟の早良皇子を排除してまで皇太子にした愛息の安殿皇子が、父桓武に反抗したこと。しかし藤原冬嗣はその祟りを「心の中に棲むもの」と軽やかに断定する。そして祟りを認めることは、自分の政治の誤りを認めることになると疑問を呈す。

 本作品は平安時代幕開けの物語。平安時代幕引きの時代も、絶対権力者の白河法皇の私利私欲がきっかけとなり、親子がそして兄弟が争う保元・平治の乱が勃発し、平安王朝が終焉を迎える。しかし本作品では嵯峨天皇は兄の平城上皇を追い詰めず、そして平城天皇薬子の変以降は政治からは距離をおく。この兄弟で天皇家に宿る「祟りの連鎖」を断ち切ることに成功した。「王朝」として平安時代が300年続き、それは冬嗣を祖とする「藤原王朝」が完成したことを意味する。

 この権謀が錯綜する時代を、藤原冬嗣同様に作者の永井路子も「軽やかに」描いた。「キャラの立つ」桓武天皇を遠くに仰いで、藤原家だが当初は恵まれていない北家のかつ次男である冬嗣がどのように出世していくかを同じ軌跡を描いて権力者となった嵯峨天皇と合わせて描く。そして冬嗣もいざと言うときは兄真夏と同様に見事な対応能力を見せ、政治家としての資質を見せる成長物語となっている。

 同時に冬嗣を巡る数多くの人物。兄真夏、父内麻呂をはじめ、安殿親王、賀美能親王、冬嗣の異父弟の良岑安世、冬嗣の妻の美都子、美都子の弟の三守なども魅力的に描いて、この作品を単なる権謀術数ではない、人間を描いた物語として成立させている。

 

 

 *嵯峨天皇と共に「弟」の運命から開け、摂関家興隆の祖となった藤原冬嗣ウィキペディアより)