小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

1 すべてがFになる 森 博嗣 (1996)

【あらすじ】

 孤島の研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。彼女は幼少の頃から研究者として隔絶した実績を残す一方、14才の時に両親を殺害して、以来研究所に閉じこもって、誰にも会わずに研究を続けている。ゼミ旅行で島を訪れていたN大助教授・犀川創平と女子学生・西之園萌絵の2人は研究所に侵入するが、そこで四季の部屋からウエディング・ドレスをまとい両手両足を切断された死体が現れた。

 

【感想】

 第1回メフィスト賞受賞作。とは言っても作者森博嗣は先に「冷たい密室と博士たち」、「笑わない数学者」、「詩的私的ジャック」を既に書き上げて、次の本作品の概要を「伝説の編集者」宇山日出臣に話したところ、宇山日出臣はその作品をデビュー作にすると即決したという、これまた伝説的な経緯により世に出た名作。

 そして「伝説の編集者」の期待を裏切らない密室トリックのインパクトは絶大。またゼミで交わされる会話が、当時まだ一般的でなかったインターネットやプラウザなどの専門用語が飛び交う。そして天才・真賀田四季を限りなく天才に描く手法の全てが、読者層で多く占める「文系」には新鮮で、たちまち「理系ミステリィ」(理系の論文は語尾を伸ばさない)とレッテルを貼られた。

 但し作者本人は、「文系は数学ができない人、理系は全てができる人」と定義していて、それもまた1つの真理(ちなみに全てができない人は、数学は誤魔かしが利かないから文系になる、のが私の「経験則」)。それを証明するかのように、例えばシリーズの題名、特に副題とも言える英語の題を比べて見ると、言葉のセンスの塊。

 本作の副題「THE PERFECT INSIDER」に対し、S&M(犀川&萌絵)シリーズ最終作「有限と微小のパン」の副題を「THE PERFECT OUTSIDER」と対峙したのは実に見事。ことに「良いタイトル、気の利いたフレーズを思いつきたい」時は、中学から愛読しているポーの詩集を読んで「心の中の刃物が良く切れるように」する行為は、その表現力とともに「理系ミステリィ」がレッテルに過ぎないことを物語っている。

*S&Mシリーズ最終作で、シリーズ最大の傑作。但しシリーズ全10巻、飛ばさないで読んでね。

 

 そしてもう1つ、本シリーズで登場する西之園萌絵のキャラが、「萌えキャラ」として時代を先行した。現在言われるメイド喫茶が初めて秋葉原にオープンしたのが2001年だから、だいぶ先取りしている。本人は学生時代コミケ市場で活躍した履歴があり、そして自身が描いた漫画からもその萌芽が見られているので、ブームを先取りして「キャラ」による人気も(作者本人の意図はわからないが)「その筋の人」を呼び込むことになる。

 それまでは「江戸川乱歩賞」という狭い間口しかなかったミステリィ登竜門。その「傾向」から、人物を描かないトリック重視の作品はなかなか世に出なかった。島田荘司鮎川哲也の働きにより「新本格派」が台頭してきたが、メフィスト賞によってその間口が更に広がることになる。特に本作品以降、「理系ミステリィ」が続々と登場して、トリックやロジックに「惑溺」する作品が数多く世にでる。

 元々ミステリィは数学的論理と親和性が高い。「文系」では及びもつかない発想で作品が描かれ、ミステリィの選択肢は以降格段に広がることになる。いろいろな意味で本作品はミステリィ界の「先駆者」となった。

(本作品の内容を、ほとんど記述していない・・・・やはり密室トリックだと制限があるなぁ)

*S&Mシリーズでも傑作であると共に、タイトルが秀逸。副題の英語が先に思いつき、それから日本語のタイトルを考えるという。