【あらすじ】
推理小説家志望の氷川透は、学生時代のバンド仲間が集まる飲み会に参加、お開きになり、近くに住む和泉とその友人の藤は先に別れ、それ以外の7人は終電を迎える駅へと向かった。電車が到着する間際、トイレの中で先に別れた和泉が死体で発見される。電車を待つ間は改札内への出入りは常に氷川自身が見張っており、構内には駅員以外7人しかいなかった。
そして死体は駅の休憩コーナーにあったブロンズ像の”台座”で撲殺されていた。警察の捜査が進む中で第2の事件が発生し、同じくバンド仲間である松原が墜落死体となって発見された。現場は自殺と取れるような密室であり松原のホームページには第一の事件の自白と取れる内容と遺書が書かれていた。
【感想】
純粋に論理を追求した、メフィスト賞受賞作では珍しい(?)作品。そのためには登場人物のキャラも文体も「犠牲」にして、全体的に抑えた雰囲気の中でロジックが展開していく印象を受ける。その中でも主人公の氷川透。筆者と同姓同名、しかも「読者への挑戦」まで挿入されていて、意識しなくてもエラリー・クイーンと重なる。但し主人公は「わかりにくい冗談」を言うのが特徴で、饒舌な名探偵エラリーとは比較にならない。但し仲間を守るために警察の取り調べに対しても情報を開示しないなど、「静かな情念」を持っていて、飄々としながらも寡黙な素浪人の印象。けれどもワトスン役で登場する女性と絡むと、とたんに主人公の「内心」が年相応の男性に変化して「期待モード」になるさまが可笑しい。
「ブロンズ像ではなく台座が凶器として使われたのはなぜか?」。第1の殺人で提示される謎。そこから展開する論理は、まさにエラリー・クイーンの世界。終電の駅で7人しかいない舞台での殺人。そして凶器の謎。「なぜ~なのか」から「なぜ~でないのか」に転移する論理の展開。そして第2の事件ではマンションからの転落死だが、密室における犯人消失のトリックが絡んでくる。
謎に対し、1つの仮説を立て、それを徹底的に考え尽くして論理的な解決を検討する様は圧巻。クイーンと同じく探偵と同じペンネームを模した宿命によって、自らを律して作品を描いている印象さえある。本作品に続く
「密室は眠れないパズル」は閉じ込められたビルの中で起きるエレベーターでの惨劇を描いた。
「最後から二番目の真実」では、ドアの開閉システムに記録されている女子大学で起きた不可解な殺人。
「人魚とミノタウロス」では高校時代の友人が自身の経営する病院で焼死体となって発見されるという、繊細な性格の主人公には酷な事件となっている。
そのどれもがロジックを突き詰める手法。ロジックの美しさを追求するために、ハードルを自ら高め、自らの創作活動に苦しむ結果になっている気がしてならない。探偵役とペンネームを一致させた「もう1人は」遅筆ながらも(?)アイディアをひねり出し一定の評価や賞も受け、また評論活動などにも精を出して、ミステリー界で一定の地位を確立しているが、氷川透は短期間で創作活動を打ち切ってしまった。余りにも純粋にロジックという太陽に近づこうとした、ミステリー界の「イカロスの翼」。
作家・氷川透はプロフィールの詳細を、東京大学文学部卒業以外、明らかにしていない。但し私は「氷川透シリーズ」の中にある1つの単語から、1つの仮説を立てている。それは作者の出身高校に関する情報。これは個人的な考えだが、それだけに思い入れのあるシリーズであり、創作活動が途切れて残念。復活を期待したい。
*ロジックをとことん追求し、美しい論理を展開させた作品群。