小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

20 終りなき夜に生れつく (1967)

【あらすじ】

 マイク・ロジャーズは貧しい生まれで、職を転々としている若者。ある日「ジプシーが丘」と呼ばれる土地が競売に掛けられると知る。このジプシーが丘は、住みついた者や関わった者に次々と不幸が降りかかるといういわく付きの土地だった。しかし、マイクはこの土地に魅せられる、ここに素敵な家を建てて理想の女性と暮らしたいという望みを持つ。そんな時、ジプシーが丘でエリーと出会い、恋に落ちて結婚する。エリーは富豪の娘であり、彼の望みは叶えられる。しかし、いわく付きの土地での生活を巡り、徐々に暗雲が垂れ込めはじめる。

 

 【感想】

 本を読んでいる最中に、気づかないうちに邪悪なものが「ぬるっと」心の隙間に入り込んでいる。そのことに気付いて大慌てでページをめくり返す・・・。こんな経験を読書で味わうとは思わなかった。クリスティーが構築した壮大な「迷宮(Labyrinth)」の世界。

 原題は「Endless Night」。但し元は「Some are born to sweet delight,Some are born to Endless Night」という詩から取られたので、この邦題「終り無き夜に生まれつく」は小説の内容も含めて、しっくりと落ち着く見事な選択。

 物語はあらすじの通り、貧しい若者が美しく富豪の娘と結婚して望みを果たすところから始まる。過去のクリスティーの作品で、「そのようになりたい」気持ちで殺人を犯した若者が何人も登場しており、その点から見ればかなり恵まれた話。本来はスリルもサスペンスも生まれる余地はないはず。それからは結婚生活が話の中心となり、ウェストマコット名義の作品を連想させる。

 ところがそこから物語は動き出す。村のジプシーの女から「あの土地からすぐ離れろ」という警告を受ける。エリーの両親は既に他界しているため、継母のコーラ、フランク叔父、信託管理者のリッピンコット氏、財産管理者のロイド氏、従兄のルーベンなど、エリーの結婚によって法的影響を受ける人物たちが入れ代わり立ち代わり財産目当てに現れる。エリーが心から信頼しているのは世話係のグレタのみ。しかし、マイクは常にエリーのお目付け役ともいえるグレタに不快感を示す。

 このように不穏な雰囲気が作品全体を覆う。幸福な夢を叶えた結婚生活を描いているはずなのに、不思議な緊張感が漂う。さしずめ夜明け前の、空気がピンと張りつめたような静寂に包まれて(まさにクリスティー文庫の表紙そのもの)物語は進んでいく。どのような事件が起きるか予測できない。そんな中でクリスティーは「さりげなく」伏線を張って準備している。全てのベクトルが、クリスティーの名前から連想する「破局」を予感させる。ページをめくる手は止まらない。

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 そして終盤になって事件が起き、事件は続く。そして予告なく突然に真相が現れる。その時の驚愕は、筆舌に尽くしがたい。これまで読んできたクリスティーの名作の数々を思い出しつつも、それら全てをなぎ倒すような破壊力を本作品は孕んでいる。この作品は是非多くの人に読んでもらいたいが、そのためにクリスティーの作品を何冊か(ウェストマコット名義も含めて)読んで、準備をしてから取り掛かって欲しい。

 私はある作品について、予備知識(ネタばれ)を持って読んでしまい、それからずっと後悔してきた。もっと純粋無垢でその作品を読みたかった気持ちを10代の時からずっと抱えてきた。この作品はその後悔を補って余りある衝撃と「感動(心を激しく動かす)」を、50代の私に与えてくれた。

 クリスティーの、そして「小説」の到達点を極めた作品。そして小説の新たなる可能性を提示した作品。

 

*もう1つの「終りなき夜に生れつく」も名作です。