小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

15 NかMか (トミー・タペンス:1941)

【あらすじ】

 時代は第2次世界大戦開戦後の1940年。情報局の関係者が、「NかM。ソング・スージー。」という言葉を残して死んだ。 ソング・スージーは保養地リーハンプトンにあるゲストハウス「無憂荘」(サン・スーシ;Sans Souci)であることが判明する。そこで情報局の職員グラントは、手持無沙汰のベレズフォード夫婦のうち、トミーにナチスの大物スパイとされる"NかM"の正体を突き止めるように命じた。

 ところがタペンスはトミー「だけに」その依頼が行われたことを知り、先回りし変名を用いて「無憂荘」に潜入した。 かくして2人は、夫婦であることを悟られぬよう、それぞれ「男漁りをする未亡人」と「その餌食となるかわいそうな男」を演じ、スパイを突き止めることとなった。

 

 【感想】

 トミーとタペンス物から、スパイ「スリラー」物。とは言っても到底「スリラー」とは思えない、ドタバタの喜劇を演じている。

 トミーとタペンスのコンビは、既に処女作「スタイルズ荘の怪事件」の次の作品「秘密機関」で登場している。そこでは幼馴染の若い男女が、世界の命運を握る秘密文書を巡る事件に巻き込まれるという、ライトノベルか少年探偵団のようなストーリーの主人公を演じている。7年後に2人は結婚して短編集「おしどり探偵」で再登場。そしてその12年後、子供も手がかからなくなり「手持ち無沙汰」の中、相変わらず2人は刺激を求めて動き回り、本作品で活躍する。このようにクリスティーの作品では唯一、相応に年齢を重ねている登場人物として、(寡作だが)長く活躍する。

 ところが年を重ねて2人は父親母親になっても、落ち着くことは全くなし。あらすじの設定「男漁りをする未亡人」と「その餌食となるかわいそうな男」を演じるなんぞ、普通の頭からは到底出てはこない(笑)。このあたりの、特にタペンスのユーモアのセンスはクリスティーそのもの。

 スパイを突き止める中で、トミーもタペンスも別々にピンチが訪れ、それぞれが回避する。これは意外とハラハラドキドキさせられた。これは「冒険活劇」のようなストーリーの中で、トミーとタペンスのキャラクターに愛着を沸いてしまったからであろう。

 最後は、今までの伏線を全て「これでもか!」とまとめ上げて、タペンスがギリギリの知恵と度胸と「運」を使い果たして大逆転に収める。ややどころか、かなり強引な展開も、この作品とこのコンビにはよくあっている。その「伏線」の中でも、全く想定していなかったものが重要なキーワードとなっていることには、驚きと共に心の底から楽しめた。これが激しい戦争の最中に発刊されるのは、ある意味すごい(笑)。

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 非常に魅力的に年を重ねる主人公たち。ポアロやマープルとは違った、この二人でしか描けないクリスティーの「楽しんで書く」様子が思いうかべる。時は第二次世界大戦期で、今後の見通しもはっきりしない状況で描いたスパイをテーマにしたストーリー。本来はもっと暗く、影を落とした作品になっても不思議でないし、実際そのような描写も時おり挿入されている。しかしどんな時にもユーモアを忘れないのがクリスティー流。最後のシーンも、戦争の渦中に明るい未来を感じさせて終わらせている。

 世界大戦の中でスパイ狩りをテーマにした作品。時代の趨勢に合わせて作られた作品であるとともに、第一次世界大戦時に同じテーマを描いたホームズの短編「最後の挨拶」への、クリスティー流のトリビュートなのだろう。