小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

10-1 天離(あまさか)り果つる国 ① 宮本 昌孝(2020)

 

【あらすじ】

   諸国巡業をする若き竹中半兵衛白川郷で、強盗に遣い家族が皆殺しされた中で1人生き残った赤子を救う。半兵衛はその子を七龍太と名付け、従者の十助の子として育てる決意をする。七龍太は半兵衛から教えを受け、知勇に優れた美丈夫に成長した。その美しさと知恵と機転は、天女と評された信長の妹、からも見初められる。七龍太の活躍は信長から認められることとなり、織田家の使者として、飛騨山中の白川郷にある帰雲城の城主、内ヶ嶋氏理を訪ねることになった。

 

 高所にあるため、雲が山にあたって帰されると言われる帰雲城。峻厳な山々に囲まれて外部からの侵入を阻む飛騨の地は、戦国乱世からは無縁と思われた。七龍太は氏理を始めとする素朴な人々、そして美しい山河に魅せられる。対して氏理をはじめ白川郷の人々も、七龍太の人柄に次第に強く惹かれていった。氏理の娘でじゃじゃ馬の紗雪もまた、七龍太に恋心を抱く。

 

 戦国も末期を迎え、帰雲城主の内ヶ嶋氏理は難しい立場に立たされていた。一向宗名刹から嫁入りした正妻の茶之は、武家の氏理と対立する。飛騨では三木自網が、公家の名門姫小路家から飛騨守護を纂奪し、その女性たちを我が物にして支配している。邪な思いに囚われて本願寺を破門された下間頼蛇は内ヶ嶋家を、そして七龍太をつけ回す。更に比叡山を焼き討ちされ信長に復讐を誓う血裏頭衆が、下間頼蛇を巻き込んで白川郷で暗躍する。

 

 北からは越中の一向門徒から入れ替わって上杉勢が、南からは美濃を平定した織田信長が隙あらばと白川郷を狙っている。この地は米の収穫は見込めないが、内密にされている薬玉と忍冬、すなわち鉄砲の塩硝と金銀が生産されている本願寺と信長が争っている中では、共に枯渇して生産を停止していたと表向きにしていたが、密かに再稼働させていた。

 

  竹中半兵衛ウィキペディアより)

 

 織田信長の妹、市が小谷城落城から逃げ延びる途上で、七龍太は浅井の兵5人を瞬時に斬り倒す活躍を見せ、信長から激賞されて一族の津田姓と名刀を授けられた。そんな七龍太に恋心を抱く紗雪だが、仲の悪い母茶之から内ヶ嶋家のためにと、年老いた三木自網の嫁になるように命じられる。

 

 七龍太に思いを伝えるために安土に赴いた紗雪だが、そこで市とその娘茶々に出会い、美しさと家系が持つ「威」に打ちひしがれて、七龍太を諦めて三木への嫁入りを決意する。しかし紗雪の悲しい思いを憂いた周囲が動き、三木によって滅亡された姫小路家の生き残りである妙岳尼の手を借りて、婚姻を白紙に戻すことに成功した。

 

 一方で信長から所領を安堵された内ケ島氏理は、代わりに越中の国主佐々成政に紗雪が嫁ぐよう命が下された。七龍太は反対すると思われたが、何故かこれを座視し、紗雪は成政に輿入れすることが決まる。その七龍太は、育ての親である竹中半兵衛の死に際し、自らの出生の秘密を知らされていた。

 

【感想】

 山本兼一の「雷神の筒」では塩硝ルートに触れ、伊東潤の「天地雷同」では、飛騨姉小路家で生産されたと書かれた飛騨の「玉薬」。のちに五家荘で加賀藩の隠れ事業として江戸時代延々と製造されたという。当時玉薬は外国からの輸入がほとんどで、国内産は極めて少なかったとされている。そんな希少価値を生み出す飛騨という美しい土地を舞台に、ファンタジーとも言える物語が展開する。個人的には海の「村上海賊の娘」に対して山の「天離(あまさか)り果つる国」。

 知勇に秀でたヒーローの七龍太と共に、「自然児」として育ったが、装うと美しい姫の沙雪の設定が素晴らしい。感情を上手く言葉にできずに、口より先に手が出てしまう「自然児」の沙雪に、飄々とした態度で接する七龍太。愛しさが余って沙雪の平手打ちが日常になり、そこから七龍太を温泉に投げ込んだり雪の斜面に投げ飛ばしたりと、その「愛情表現(?)」がどんどんとエスカレートしていくのが微笑ましい。

  *塩硝ルートから、富山、飛騨においての「玉薬製造」について触れた作品です。

 

 律令時代から、諸国は田地などを基準に大・上・中・下の四等級に分けられ、その中で下国とされたのは、離島の淡路、隠岐壱岐対馬に和泉、伊賀、志摩、伊豆、そして飛騨の9ケ国。政治犯の配流地でもあった飛騨は、距離的には京に近いにも関わらず、辺境の地のため更に下位の下々国とされた。

 そして茶々が紗雪に言い放った「鄙の姫」。田舎を指す「」は「天離る」を枕詞としていて、この物語のタイトルに由来する。そんな自然の中でのびのびと育った紗雪姫と七龍太。七龍太の出生の秘密も含めて、読み進めると宇宙の辺境(鄙)で悪の帝国から独立を目指す映画「スターウォーズ」と重なっていく。

 レイア姫は紗雪姫、ルーク・スカイウォーカーは七龍太として、七龍太に「フォース」を授けるヨーダ竹中半兵衛オビ=ワン・ケノービとして帰雲城城主の内ヶ嶋氏理。そして部下のC3-POやR2-D2、仲間のハン・ソロらを従者に加えて、「悪の帝国」に対抗する。

 対して悪の帝国側のダースベイダー卿皇帝は、まだ登場していない。時は風雲急を告げる戦国の終末期。天下統一の覇業に飛騨も巻き込まれ、七龍太や内ヶ嶋氏理が描く理想通りにはいかない状況に陥っていく。

 

 そこへ「歴史的な悲劇」が登場人物たちを、内ヶ嶋家を、そして帰雲城を待ち受ける

 

  

 *帰雲城とその付近の地図(正信寺HPより)

 

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